スタバで、スコーン頼んだら、「ホーク」要りますかと聞かれて、「???」となって、三回ほど聞きなおして、ようやく、「Fork」のことだとわかった。僕の頭の中には、まだ英語がかなり刷り込まれているみたいです。はやく、日本語の記憶を呼び戻さなければ、、、。
2013年6月29日土曜日
2013年6月28日金曜日
2013年6月28日
学生さんたちと接して思うのは、本人は論理的に思考していると思っているが全然出来ていない場合が多いということである。日本にはかなりこの手の学生さんが多い。米国でもこういう学生さん達には時々出くわした。
こういう学生さんたちの何が問題かというと、物事を様々な角度から「多角的、多面的」に解析できていないという点に帰着するのではないかと思う。つまり、自分の既に知っている「狭い範疇」でのみ物事の論理性を組み立てようとするので、とても独りよがりな論点の組み立てになってしまうし、それで満足あるいは、自分は論理的な思考ができていると勘違いしてしまう。
これを解決する方法はあるのだが、それを日本では学校で教えない(教えることのできる先生がほとんどいない)。これは、学問の基礎なので、特定の科目を教える以前にしっかりこのスキルを学生さんに学ばせて習得させないと、いつまでたっても、物事の表面しか見えない、見ようとしない、深く考え見えていると「勘違い」したままで、学校や大学ではほとんど暗記にたよってしまう。
では、このスキルどうやって学べば良いのか。前にも紹介したと思うけど、とてもよい学習書が出ている:
The 5 Elements of Effective Thinking (Edward B. Burger and Michael Starbird, Princeton Press)
ここに書いてあることを実践出来るようにし、実践すればよい。実践できるようになるにはけっこう訓練が必要となるが、どういった訓練をすれば良いかもこの本に書いてある。
2013年6月27日木曜日
2013年6月26日水曜日
2013年6月26日
日本は「安全、安心な国」と歌われているが、これは、裏を返せば「過度に保護された環境、均一な国」ということである。
いろんな文化背景、宗教、言語、人種がいる国では争いが絶えないし、犯罪も多くなる、それはとてもヘテロな人たちがまじっている国の宿命である。しかし、そういう国だからこそ、たくましい人間に成長できるのだと思う。もちろん逆にぼろぼろになってしまう可能性も秘めているわけだが、、、。
「安全、安心な国」にいては、たくましくなれないし、危機感の無い、視野の狭い人間になりがちになってしまうので、やはり若い人たちには「安全、安心な国」から飛び出して、たくましく成長してもらいたい。
まあ、年寄りには「安全、安心な国」のほうがいい訳ですが、、、いい意味でも、悪い意味でも、、、。悪い意味とは、「既得権」の行使です。
2013年6月24日月曜日
2013年6月24日
当然だけど、引き出しを沢山持っているか持ってないかでかなり違ってくるなと思った。そして、それぞれの引き出しも常に整理されていて、必要なときにいつでも、どの引き出しから何をとりだせるかというのが瞬時にできないとだめだなと思った。引き出しの数は、とにかく毎日の積み重ねなので、コツコツとやるしかない。
ただ、これは研究費の申請とかにはあてはまるのだが、研究には必ずしも当てはまらない場合もある。もちろん、目的が論文を知名度の高いジャーナルに頻繁に継続的に出すことが目的であれば、この「引き出しルール」はあてはまるが、「深〜い、味のある論文」をたま〜に出すには必ずしもこのルールは当てはまらない。
僕は欲張りだから、「知名度のあるジャーナルに質の高い論文を頻繁に継続的に出しつつ」且つ、「深〜い、味のある論文をたま〜に出す」こともしたい。やっぱり、欲張りだな、、、でも、どっちかしかできないとなれば、やはり後者をとるかな、結局は。
2013年6月22日土曜日
2013年6月21日金曜日
2013年6月20日木曜日
2013年6月20日
日本の法人化した国公立大学において、各研究科や大学所属の研究所を「子会社化」して大学として運営ってできるのかな。しっかり考えたわけではないのだが、そうした方が白黒はっきりした運営できるような気がするけど。大学としてもそうしたら、「研究力、あるいは教育力」のない研究科や研究所を潰せばよいわけだし。法人化といってもそこまで民間企業的な運営はできないのかもしれないが。しかし、現状(少子化、大学間での希少な人材獲得を巡っての競争、など)を考えれば、そうすることがもっとも効率的ではなかろうかと思った次第。
2013年6月19日水曜日
2013年6月19日
「義務としての教育を果たすための研究の提供」はせいぜい修士号まで。
博士号をとるということは一人前の研究者(あるいは研究を理解した上での他のプロフェッショナル)として独り立ちできる(必ずしもPIという意味ではない)資格を得るということ。したがって、博士号をとるための研究は真剣勝負の研究を経験することによって、博士号を取った後は、自分でも真剣勝負の研究(あるいは、その経験をもとに他のプロの仕事)が出来るという自信とスキルを身につけるということ。
「学位を無理矢理とらせるためのお膳立てされた研究」「義務としての教育を果たすための研究の提供」はNG。
2013年6月18日火曜日
2013年6月18日
Curiosity may have killed the cat, but it drives us reflective human beings into thickets of bafflement. – by Daniel C. Dennett “Intuition pumps and other tolls for thinking”
2013年6月17日月曜日
2013年6月16日日曜日
2013年6月15日土曜日
2013年6月15日
http://www.plosone.org/article/info:doi/10.1371/journal.pone.0065720
佐藤ラボのプロスワンの論文、今日オンラインにでました。
佐藤ラボの現在修士2年のOさんが修士1年間で、助教のTさん、他大学の学部2年〜3年と夏休み/春休みでNAIST SURF(僕が関わらなくなって、今は亡きNAIST SURFです)として僕のラボで研究したYくん(現在は学部4年生)、循環器センターのN先生と一緒に仕上げた研究です。
まだ「受精卵」時期の研究で、これからじっくり育てていく予定です。
この受精卵がこれからどのように育っていくかも楽しみですが、研究って、この「受精」させるところが一番スリリングなんですよね!
2013年6月13日木曜日
2013年6月13日
僕のラボでは学生さんたちは、日本国内の学会とか参加する暇あったら、どんどん研究して海外の国際学会や国際シンポで最初から発表してください、という方針をとっています。
分野にもよると思うけど、僕の研究分野だと、学生さんが最初に日本の学会にいって発表したりして「自己満足」「井の中の蛙」「いいきになる」なるより、最初から海外の国際学会や国際シンポジウムで発表することで、「なんと自分は井の中の蛙なんだろう」「自分はホンマにちっちゃい」と自覚して欲しいから。
なので、僕のラボの大学院生さんたちは、研究成果さえあれば、修士のときからゴードンカンファレンス、CSHL meeting, Keystone meetingにいって発表してもらいます。今年も、M2のひとりは現在CHSLのコースに行っているし、もうひとりのM2は8月にゴードンカンファレンスで発表します。過去にも、M2でゴードンカンファレンスとかで発表したりしています。
2013年6月12日水曜日
2013年6月12日
日本に4年前に来てからずっと思っていることのひとつ。
僕は、長距離系のスポーツが大好きだし、大会とかにでてもそこそこの成績を残せる。しかし、だからといって、僕がどれだけ一生懸命練習してもオリンピックの水泳自由形1500メートルで金メダルを狙えるかというと限りなく不可能に近い。でも、研究は大好きだし、金メダルを狙える自信がある。だから、マラソン、トライアスロンなどの大好きな長距離系スポーツは趣味で、研究はプロの仕事として選んでいる。
ひとはそれぞれ得意、不得意がある。1000くらい不得意でも1つくらいは得意で誰にも負けないことが誰にでもあると僕は確信している。1000くらい不得意なところで無理にやってもそれが嫌いになるだけだし、そのうち、うち破れない壁にぶち当たる。それらを無理してやるより、誰にも負けないことを1つ見つけてそれで金メダルをとるほうがよっぽどハッピーだと思う。
子育て、教育とは、この「誰にも負けない大好きなこと」を1つ見つけさせてあげて、それが伸びるのを「妨害しない」ことだと思う。最近の子供や学生さんたちをみていて思うけど、この1つが見つけられていないと思う。家でも、学校でも、注意がどうも「できないこと」「不得意なこと」に集中してしまっている。
僕がいくらがんばってもオリンピクの水泳で金メダルとれないのは自明である。でも、水泳やトライアスロンは大好きなので、これからもそこそこトレーニングして一生続けると思う。でも、それはそのレベル。僕の真剣勝負は研究。
「誰にも負けない好きなこと」はどうやったらみつかるか?これは、とても難しく、すぐに見つかるひともいるし、一生かかっても見つからないひともいる。でも、見つかるまで探し求めることが大切だと思う。そして、見つかったら、そのことに集中して全精力を注ぐことだと思う。
今の子供や学生さんたちは、まわり(親や両親)が手取り足取りして、誰にも負けない好きなことを「探してあげる」、「探すのを手伝ってあげている」のを頻繁に目にする。これでは、見つからないし、子供や学生さんは、そうやって見つけたものはだいたい大好きにならないし、それで誰にも負けなくはならない。
「誰にも負けない好きなこと」は、偶然みつかる、偶然にみつけてもらうしかない。僕は思う。まわりがごちゃごちゃ関わらないで自然・偶然にまかせて温かく見守るだけにしておくことが、偶然みつかるチャンスを最大限にすると思う。
2013年6月11日火曜日
2013年6月10日月曜日
2013年6月9日日曜日
2013年6月7日金曜日
2013月6月7日
以下、朝日新聞ウエブロンザ8月13日の僕の論考です。半年以上たったので、朝日新聞の許可を得てここにコピーを載せます。
火星で地球の生命誕生を探る「好奇心」
米国の航空宇宙局(NASA)の打ち上げた火星探査機「キュリオシティ(日本語で「好奇心」)」が日本時間で2012年8月6日午後2時32分、火星のゲイルクレーターに無事着陸した。2年間の打ち上げ延期後、昨年11月に打ち上げられ、5.66億kmを約9カ月かけて航海してきた。針の穴に糸を通すよりも数千倍以上の精確さを達成しての着陸だ。もともと16億ドル(約1,280億円)の予算で始まり、最終的には25億ドル(約2,000億円)もかかった巨大国家プロジェクトである。
火星サイエンスラボラトリーミッションのプロジェクト主任研究員であるジョン・グロツィンガー氏によると、キュリオシティの使命は、地球で最初の生命が誕生したころの火星の状態を探ることにある。火星のほうが地球より過去の状態が保たれているので、火星の過去を明らかにすることは、間接的に地球での生命誕生の歴史を理解することに役立てられる。それが、今回の最大の目的である。
生命が存在するためには、水、エネルギー、炭素の三つの要素が必要とされている。今までの火星観測・探索では、過去に水が存在し、現在もしばしば存在していることがわかっている。また、生命の代謝に必要なエネルギーを生み出す化学反応が火星のどのあたりに存在した可能性があるか、という見当もある程度ついている。
しかし、生命の誕生、また、その後の生命活動の維持を可能にする炭素がどこに存在するのかについては未だに明らかになっていない。そこで、これを明らかにし、その痕跡を発見することが、キュリオシティの主たる役目である。地質学的時間を数十億年もさかのぼることは容易ではない。それでも、キュリオシティにはそのことを可能にする機能が二つ搭載されている。
1)探査機に搭載されている最先端の完全自動制御の研究室
そこには、濾過システム、試験管、拡大鏡、質量分析器、ガス分析器、オーブンや、コンクリートをも粉砕できるドリルによる試料のサンプリング制御システム、17個の高分解能・高感度カメラなどが搭載されている。
2)プルトニウムから発する熱の電気変換による探査機の駆動システム
これにより、キュリオシティは何年も火星で連続して駆動することが可能である。生命体を構成しうる炭素を探すということは、暗闇に存在するのかどうかわからない黒猫を探すようなものなので、これはこのミッションにとって必須である。炭素が存在していそうな場所を探しまわり、それらしき痕跡のある場所で上記のサンプリング実験システムにより試料を収集・分析する作業を、2年あるいはそれ以上の長期にわたって毎日繰り返す。
キュリオシティの着陸したゲイルクレーターは、過去5年にわたる調査によって、生命体を構成しうる炭素の存在の可能性の高い場所だとわかった。ここには過去に水が流れていた痕跡があり、炭素を含んでいる可能性のある鉱物が豊富に存在していた兆候もある。このクレーターは幅150kmで、その中心にはシャープ山が存在する。これは高さ5000mほどの山だ。数億年から十億年かけてできあがった地層を有しているので、火星の歴史を探るに最適であると考えられている。
さて、この夏、地球外生命を考えるうえで、もう一つ大きなニュースがあった。
去年、NASAの研究者が米国カリフォルニア州で、もうひとつの生命基本元素のひとつであるリンのかわりにヒ素を構成元素としたバクテリアの一種を発見したと発表し、このバクテリアをGFAJ-1と命名した。この発見は、生命がリンなしでも誕生しうる可能性を示唆するため、これまでの科学の常識を覆す発見として、各方面で大きくとりあげられた。
ところが今年7月になって、米国(カナダのグループとの共同研究)とスイスの二つの研究グループがそれぞれ独立に、GFAJ-1はヒ素に抵抗性をもつバクテリアではあるものの、リンを基本の構成要素としており、リンなしには生命を維持できない、と発表した。その結果、現時点では、地球上あるいは地球外の地球に似た環境で生命が誕生し、生命活動を維持するためには、炭素以外にリンも必須であろうという見解に落ち着いている。
生命誕生と生命活動の維持に炭素とリンの両方が必須かどうかという問いに解答を得る意味でも、今回のキュリオシティによる火星探索活動は重要な役割を果たすであろう。また、初期には地球とそれほど変わらない環境にあった火星が、なぜその後衰退し、一方、地球では生命が繁栄したのか、という宇宙規模の問いに対しても、答えが得られる可能性がある。