2019年4月25日木曜日

2019425日【長く深い付き合い】
長く生きていれば、信用・信頼できる方々に出会える。一方、この人は信用できない、信頼できないな、という人たちにも出会う。

前者の人々とはいき長く付き合いたいと思うし、そのための努力もする。

後者の場合、いろいろなケースがある。よくあるのは、最初は対応もいいしフットワークも軽やかで、色々と相談にも乗れる。しかし、しばらく付き合ってみると、それが単なる機械的な反射行動であったり、本心ではなく相手への単なる忖度(この言葉が適切かどうかは不明)であったり相手に自分をよく見せるためだったりする。こういう人との付き合いはやはり長続きしないし、できるだけ関わらない方が良いし、早いとこ縁を切った方が良い、とこれまでの経験から思っている。

まぁ、広く浅く人脈を広げられる人たちは、これら両方のタイプの人たちとうまく付き合って人生軽やかに送れるのだろうけど、僕の場合は、狭く深く付き合うタイプなので、そんな器用なことは出来ないことは重々承知でこれまで50数年間の人生を送ってきたので、きっとこれからも変わらないとは思う。

それにしても、昨日は良い方と巡り会えた。長く深く付き合うことで、自分も磨けるだろうと思っている。相思相愛であって欲しい。

2019年3月19日火曜日

2019319日【病と奮闘中】
V-iCliniXでは「知・もの・人づくり」が趣旨で、研究だけではなく、「人づくり」も重要な要素として寄付を頂いている。そこで、日本の若手研究者あるいはもっと若い世代(小中高生・大学生)の現状を自分なりに調査して、V-iCliniXでの今後5年半の計画を策定中。

そこで、分かったこと(今頃気づいたのか!と叱られそうですが、、、)は、長続きしないのが今の若い世代の現状。線香花火みたいに、一瞬キラッと光るような研究成果をあげる人たちは結構いる。でも、そういう人たちが、その後いつの間にか消えていったり、あるいは「きらびやかだけと趣味の悪い」研究に変貌したり、ってことが多い。


これは継続的なファンディングの希少さが問題なのかと最初は思ったけど、それは表面的なことで、本質的な問題ではなさそうだということが、調査をして行くうちに分かってきた。

本質的には、社会全体としてのメンタルな問題かと思う。社会全体として「ズル賢い」メンタルが蔓延していることが問題なのだと思う。正直言って、今のファンディングが劇的に増えたとしてもおそらく現状は変わらないだろうと思う。

社会のメンタル的な問題は厄介で、ある意味、国民性や文化とも直結しているので、これを変えるのはなかなか難しい、というか変わらないかもしれない。

ズル賢さにはズル賢さで対抗するという現状。悪循環。ズル賢いことが当たり前の社会だと、ズル賢さは遺伝する(継承される)。

という訳で、現在、この病を打破する「知・もの・人づくり」計画の作成に奮闘中。

2019年3月18日月曜日

2019318日【勘違い】
大きな組織や大勢のチームの上に立つような身分になると、自分が「偉くなった」と勘違いする人が多い。これはなんなんだろうといつも思う。人間の本能なのか、なんなんだろうか。社会性を持った動物の本能だろうか。

これは「偉くなった」のではなくて、単純に、組織やチームの中であるひとつの役割を持たされただけなのだけど。リーダーシップとかいうと聞こえは良いけど、数多くある役割の単なるひとつ。

個人的にはリーダーシップって言葉、あんまり好きじゃない、、、。

2019年3月8日金曜日

201938日【バブルと多様性】
日本では1990年代に金融バブルが起こって弾けたのだけど、今の日本でも金融以外のいくつかでバブルに向かってまっしぐら、そしてそれが弾けた後の長〜い暗黒の世界が待ち受けてることは誰もが薄々感づいているけど、何も変わらない(きっと、みんなどうしていいか分からないのだろう)。

何事も多様性が必要で、多様性がないとバブって、それが弾けた後は長〜い暗黒の世界に突入。日本には、どんなに言い訳をしようが、多様性は無きに等しい。

世間一般的には「多様性」とか「個性」とか流行っているけど、日本の社会構造や文化がそうなっていないので無理。面積だって多様性が自然発生するには小さすぎる。

じゃあ、どうしたらいいの、ってことになるけど、世界っていう大きなネットワークの一部になるのが唯一の方法じゃないだろうか。結構難しいと思うけど。時間が解決するしかないかも。こういうのは、大きな出来事が起こって無理やり変わるか、あるいは長〜い年月をかけて自然発生的に変わるかしかない。

まぁ、そうでもなければ、日本はレジャーランド化して、「おとぎの国」に徹底して、その道で生き残りをかけるか、、、。

どうなるでしょうか?

2019年2月11日月曜日

2019211日【過去・現在・未来】
現在とは過去のこと。未来は現在。過去は気づかなかった現在。

2019年1月27日日曜日

2019127日【人間化と組織化】
大昔から日本が村社会であることは認識してたが、今「日本村」に住んで思うことは、一旦村に住み始めると知らず知らずのうちに自分も「村人」になってしまうということ。これが今の最大の危機感(似たようなことを以前もここに書きましたが)。

まぁ、村人になってしまえば、居心地も良いので、それで良い人は良いけど、僕には僕の人生観というか価値観があるので、、、。

ただ、僕の人生観というか価値観を貫き通すには、基本的にどこの組織にも属さないで一匹狼というかゲリラ戦を一生貫かねばならず、それはメンタルにもフィジカルにも非常にきついことはきつい。まぁ、これを一生続けられるように、日々の孤独なトレーニングを何十年も続けているのだけれど。

敢えてしんどい人生を何故選ぶ?と人はいうが、それが僕の不器用なところというか、脳の回路がそうなっているというか、そもそも僕は、組織の一員である前に、「ひとりの人間」でありたいと思っている。組織を作る人間でありたいとは思うけど、組織に参加する人間でありたいとは思わない。

とはいえ、「ひとりの人間」として組織を作るとその組織の構成員となり、責任や役割みたいなものが自然と発生してくる。それが組織なのでそうなる。

そして、責任や役割やそれらの実行が「組織化」してくると村社会になっていくのかなと思っている。そうなると、僕みたいな人間は、居心地が悪くなり「人間化」を求めて放浪の旅に出るのだろうと思う。

2019年1月17日木曜日

2019117日【サイエンスに関するくだらない話】
「最近はこじんまりと上手にまとまったサイエンスばっかりで大きなスケールのが激減している」というご意見をいたるところでよく耳にする。僕個人的には、この意見には特に賛成も反対もしていないというか、そもそもこの発言の根拠に問題があると思っている。

1.そもそも今の国内の研究費(大型研究費も含む)の審査、採択後のモニタリング(不必要に過度で過多な報告会や中間評価会)、事後評価のやり方がこじんまりと上手にまとまった研究にアドバンテージがあるようになっている。Fit-for-Survialの原理。

2.そもそも、そういう意見をおっしゃる方々の頭にあるスケールの大きいサイエンスは、よくよく聞いてみると、今時流行りの「見かけ上カッコいい」一般ウケしやすい壮大な(巷では「夢のある研究」ともよばれている)研究のことを念頭においていらっしゃる場合が多い。

3.あえてここでは抽象的な表現にしておくが、サイエンスという学問におけるスケールはそんなに簡単に議論したり理解できるものではないので、「大きなスケール」という言葉を使うこと自体危ない。

まぁ、僕個人的には、自分がFitSurviveできる時空間でやっていくだけの話なので、ある意味くだらない話ではある。