2013年4月30日火曜日

2013年4月30日

最近、今後このブログを、もう少し違う方向から、有効に使う方法はないものかと考えている。今年の夏から秋頃をめどにいろいろとアイデアを練ってみることとする。

2013年4月27日土曜日

2013年4月27日

今朝は、1時間ほど大阪城公園を走って、そのあと、コアトレーニングを20分ほどした。12月以降かなり運動不足で、とうとう体脂肪率が13%になってしまった(体重は変わらないが、、、ということは、筋肉量が減って、脂肪が増えたということか、、、)。アメリカでトライアスロン(アイアンマンレース)をやっていた頃は、体脂肪率は8〜9%だったので、それに比べると今は最悪。とりかえしのつかないことになる前に、少しでも時間を捻出して体を動かそう。

2013年4月24日水曜日

2013年4月24日

John Hollandその道では凄いけど、やはり歳取って視野が狭くなってるなと感じました。まあ、それなりに、彼から得るものはあるけど。

2013年4月22日月曜日

2013年4月22日

以下、2012714日に掲載された僕のWebronzaの論考です。朝日新聞の許可のもと、以下にコピーをここにアップします。

消費増税が科学技術力衰退の引き金となる可能性

626日の衆院本会議で消費増税法案が可決された。この法案によると2年後の2014年41日に税率が現行の5%から8%に、その翌年の2015年101日から10%に引き上げられる。この問題に関しては、さまざまな意見が各メディアで展開されているが、筆者は消費増税が日本の科学技術力の衰退の引き金となるかも知れないと危惧している。というより、大学で生命科学の研究・教育に携わる研究者として「消費増税がこのまま予定通り執行されると、日本のすでに衰えかけている科学技術力はあっという間に奈落の底へ落ちる」と確信している。以下に、この結論の根拠と筆者の提言する解決策を述べる。
われわれ研究者は日本政府また企業からの研究費で研究をおこなっている。研究には、実験用機材や試薬などを購入する必要がある。このとき消費税がかかる。したがって、消費税が上がって研究費の額が増えなければ、実験用機材や試薬などを今まで通りには購入出来なくなる。
研究のレベルを維持するには、研究予算を消費増税と同じ率で引き上げる必要がある。しかし、国の財政状況は厳しく、引き上げは不可能だろう。そもそも、国にお金が無いから消費税を引き上げるのである。また、日本国内の企業を見渡しても、自社の研究費を大幅に拡大できる経済・経営状況ではない。各予算をカットすることによる生き残りに必死である。
それでは、消費増税が執行された後も、研究レベルを下げないにはどうしたらよいか?
そもそも生命科学研究に必要な実験用機材・試薬が日本国内では高過ぎることが問題なのである。つまり、実験用機材・試薬をもっと安く購入できるようにすれば、消費税が上がっても今まで通りの研究ができるはずである。これを実現するために筆者から二つの提言をする。

  • 生命科学の研究に必要な実験用機材・試薬の多くが米国からの輸入品である。そのため、これらを国内で購入するには、米国での購入額の2倍以上の金額がかかる(表1)。この問題を解決するためには、国内でこれらの実験用機材・試薬を製作・製造する会社を起業すればよい。国内には博士号を取得しながら、その学位・専門的知識・技術を活かせる就職口にありつけない人材が溢れている(いわゆる「オーバードクター問題」である)。これらの博士号取得者に是非このような会社を起業して頂きたい。かなり高い需要があると筆者はにらんでいる。

  • もうひとつの提言は、実験用機材・試薬などの販売仲介業者を廃止することである。国内の研究室では、大半の輸入品を製造元から直接購入せず、仲介業者に購入を依頼する(いわゆる、「御用聞き」である)。仲介業者には購入のたびにいくらかの手数料が支払われる(もちろん、ものによっては仲介業者を介さず、製造元より直接購入できるものも稀に存在する)。したがって、仲介業者を廃止すれば、実験用機材・試薬などを現在より安く購入できる。問題は仲介業者を廃止すると多くの失業者が出ることだ。しかし、この問題に対する対策は無いわけではない。例えば、仲介業者勤務の方々は、製造元の会社あるいは上記の国内発の実験用機材・試薬などを作成・製造する会社で営業・販売を担当するという解決策はどうだろうか。仲介業者がなくなれば、作成・製造元での営業・販売担当の人員が現在より多く必要になると考えられる。

消費増税は多次元にわたる問題をはらんでいる。消費増税執行が決定されるのであれば、一般消費者への影響のみに限らず、科学技術問題もふくめた国としての存続・発展という大きな視点にたって、さまざまな政策の可能性を吟味していくべきではなかろうか。


製品名
米国製造元定価
国内での定価

細胞分裂マーカー
$36729,360円)
72,000
抗体A
$36729,360円)
72,000
抗体B
$34027,200円)
61,000
PCRキットA
$14111,280円)
27,000
アッセイキットB
$32926,320円)
59,000
細胞培養液C
$27922,320円)
45,500
1.米国からの輸入実験用試薬の米国内定価と日本国内での定価の比較例($1=80円で換算)

2013年4月21日日曜日

2013年4月21日

最近は、英語と日本語の書き物が両方沢山あってけっこう大変。僕は、基本的に日常は頭の中は英語なので、英語は自然。なので、日本語で書き物をする時は、完全に頭を切り替えないといけない。これは、けっこう大変なことで、できるだけ、英語の日と、日本語の日を別々の日に分けるようにしているが、今は両方沢山あり過ぎて、そういうふうには分けられない。そう考えると、通訳や翻訳をやっている人たちは凄いと思う。

2013年4月19日金曜日

2013年4月19日

僕は、基本的に、リスクが高くチャレンジする価値のあるのに対しては、飛びつくのだが、セーフなものに対してはまったくやる気がでない。これは、研究に限ったものではなく、生活・趣味・娯楽一般に関しても、僕はこういう態度。なので、僕と一緒にいる人たちは大変。

2013年4月16日火曜日

2013年4月16日

今、John Hollandの書いた、BoundarySignalについての著書をよんでいる。なかなか、おもしろい視点から、論理が展開されてはいるが、少し一般化し過ぎているのではないだろうかと思う。

2013年4月15日月曜日

2013年4月15日

これからは、10分でも時間があったら、兎に角、その時にできることを少しでもやっていくこととする。

2013年4月14日日曜日

2013年4月14日

この度、佐藤ラボのM2の学生さんのひとりが、世界中のトップラボからの大学院生、ポスドクの応募(推定倍率数十倍以上)の中から、以下のCSHLの夏のコースにアクセプトされました。自分のことのように、うれしいし、自慢の種です。(ちなみに、26年前に、僕自身も、CSHLの別の夏のコースをとり、そのときの同級生たちは、ほとんどが、今は世界とトップレベルで活躍、また、イントラクターのなかにはノーベル賞受賞者もいて、みんな、いまでも友人として交流があります)。

自分の自慢は、すこし控えますが、佐藤ラボの学生さんたちの自慢は、これからも発信させて頂きたく思います。

2013年4月13日土曜日

2013年4月13日

危機感はあっても、どうしていいかわからないから、とりあえずは現状維持、あるいは、とりあえず出来ることから先ずはやっていきましょう、といった態度は、危機感無いのかわらんことなんでわからんのかな、、、。

2013年4月11日木曜日

2013年4月11日

どうも日本では「反省する=相手にへつらう=頭下げてあやまる」みたいな感情論でものごとが進むところがけっこうあるような気がする。ワシは、どっちかっていうと、べつに謝ってもらいたくないし、それより、実質、行動で示してくれればいい。正直言って、ワシは、簡単にひとに「謝る」「頭を下げる」人は、あんまり信用してない。

2013年4月10日水曜日

2013年4月10日

先日、ある方と話していて、その方が就職したときに最初に叩き込まれたのは「ほうれんそう」だそうです。「ほう=報告」「れん=連絡」「そう=相談」だそうです。これ、なるほどですね!! Two thumbs up!!

2013年4月8日月曜日

2013年4月8日

アメリカでは、大前提が、「ひとりひとりが違う」なので、たまに共通項がみつかると、それは、ボーナスで、めっちゃうれしい。ところが、日本では、大前提が「みんなおなじ」なので、少しでも自分と違うところをもったひとに出くわすと大きな摩擦が生じる。なので、日本では、この大前提が変わらないかぎり、個性は育たないし、他人とちがうところをもった人間は「村八分」にあう。これは、外から来た人間にしかわからない感覚。中の人間は、感覚が麻痺しているので、分からない。

2013年4月7日日曜日

2013年4月7日

実は、僕は、大沢文夫さんの「孫弟子」にあたります。大沢さんは、寺田寅彦の孫弟子だから、僕は、寺田寅彦の「玄孫」にあたる訳です。


2013年4月6日土曜日

2013年4月6日

ヒトも、組織も、国も、落ちるところまで落ちて初めて、これまでの間違い、怠慢、想像力の無さ、に気づく。そうなって、初めて、これまでのやり方を変えようと真剣に考え、行動にでる。それでは、遅いのに。

日本人は一般的に「世界一我慢強い国民」と言われている。しかし、その、ある意味では良い点が、逆に、変化、改革の起こり難くさに繋がっているのではないだろうか。

僕としては、奈落の底まで落ちる現場をみたくないし、また、その場にいたくないのだが、、、、「裸の王様」「見えてても臆病でなにもできない」といった現状をどうしていいのか、、、。孤軍奮闘にはあまりに相手が大勢すぎる、、、。

2013年4月5日金曜日

2013年4月5日

今日は、うちの大学院の入学式。かなり、大勢の親もきてる。先月の、大学院の卒業式にも、かなり大勢の親がきてた。最近は、大学院でも親が入学式や卒業式に来るんですんで、、、。なんだか、、、。まあ、最近は、会社の入社式にも、親が「我が子の入社式に参列させてください」との問い合わせが多いらしい(もちろん、会社は断ってるそうですが)。

今の若い世代は、学生の時も、会社に入社しても、親元にすんでる子が多いらしいし、結婚してからも、親の家の敷地内に、小さな家を親にたててもらって住んでるひとたちも結構いるらしい、、、。

2013年4月3日水曜日

2013年4月3日

僕は、若い人たちの教育は、10年、20年、30年、40年先を見据えてやるものだと思ってるし、僕自身も、今までそうやって育てられてきたように思う。

しかし、日本の受験勉強にしても、日本の大学、大学院の教育など、どうも、その場しのぎで、数年先、あるいは学位をとらせる、卒業させる、就職させる、という極度に短期的な視野にたっての教育が蔓延しているように思えてならない。子供や、学生の将来が可哀想。

2013年4月2日火曜日

2013年4月2日

日本のさまざまな大学のHPにいってみると、大学によって、「研究教育」といってる大学・大学院と、「教育研究」といってる大学・大学院がある。

これは、「研究教育」といってるところは、「研究中心に学生の教育をする」ところで、「教育研究」といってるところは、「教育中心で、教育にあわせて(のための?)研究をする」ところ、という意味であろうか?

ちなみに、京大、阪大は、そのときどきで、「研究教育」と「教育研究」を使い分けてる。僕のいるNAISTは、一貫して「教育研究」みたいだ。なんか、意図あるのかな。