2014年3月20日木曜日

2014320
以下、2014226日に朝日新聞ウエブロンザに掲載された僕の論考です。すでに、時効なので朝日新聞から許可を得て、以下のコピー致します。


「内科的」再生医療にもっと目を向けよ


 山中iPS細胞、そして小保方STAP細胞フィーバーの中、再生医療こそが超高齢社会における健康社会実現の救世主のように叫ばれている。先日、政府官邸から発表された、独立行政法人「日本医療研究開発機構」(旧日本版NIH)の中で述べられている国家戦略(筆者は、これは戦略ではなくただ単なる戦術に過ぎないと思うが)の中でも、再生医療は中心的な位置づけのひとつになっている。しかし、多くの一般市民は、「再生医療=健康長寿」という国家的スローガン、またメディアによる宣伝におどらされ、本質はあまり理解していないのではなかろうか。
 もちろん、再生医療の実現は、多くの人々の命を救うことになる。しかし、再生医療には「内科的治療」と「外科的治療」の2つがあるにもかかわらず、現在の日本の研究開発の多くは「外科的治療」のみを目指している。その問題点を指摘し、「内科的治療」に向けて世界で粛々と進んでいる研究の現状を紹介したい。
iPS細胞をもちいて実現させようとしているのは、臓器を体外で新しく作って悪くなったものと取り換えようという医療だ。薬を飲んだら治るといった治療に結びつく可能性は低い。手術を要する治療、つまり身体を切り開き、壊れた臓器を取り替える、これが「iPS型再生医療」である。外科的手術の難点は、身体への負担が大きく、また治療費が高額であるという二点だ。特に超高齢社会においては、この難点は個々人への身体的・精神的・経済的負担が大きくなるというだけでなく、国家レベルでの経済も圧迫する。もし、薬を飲めば壊れた臓器が自然と治癒するという「内科的」再生医療が実現すれば、これらの難点は解決し、高齢者へ「やさしい」医療が実現されると考えるのは筆者だけであろうか。
 実は、この「内科的」再生医療を実現できる可能性のある研究が進んでいる。華やかに取り上げられることが少ないために、一般市民はほとんどご存知ないだろう。だが、こうした研究にこそ、大きな将来性があると筆者は考える。

 イモリの尻尾が、切り取られても、また元どおりに生えてくることは多くの方がご存知だと思う。また、扁形動物のひとつであるプラナリアが、分割されても、元の身体をとりもどすことも、一部のマニアの方々はご存知かもしれない。このように、比較的単純な構造をもった下等動物の再性能力が高いことは、古くから知られている。一方、人間の手足や、心臓や膵臓といった臓器は切り取ったら元どおりに再生はしない。しかし、もし、薬を飲むだけで人間も病気などで壊れてしまった心臓、膵臓、肝臓といった臓器を元どおりに再生させることが可能になれば、iPS細胞から作成した臓器と取り換える手術のお世話になる必要がなくなるのだ。多くの一般市民は「そんな夢のようなことはあり得ない、タイムマシンをつくるより難しい」と思ってらっしゃるかもしれない。しかし、夢のような話を実現するのがサイエンス役割のひとつなのだ。
「内科的」再生医療の実現に向けた研究の鍵を握っている動物のひとつが、ペットショップで売っている熱帯魚のゼブラフィッシュ(図1)だ。ゼブラフィッシュは、人と同じように背骨、心臓、脳をもっており、また、心臓からは複雑な血管網を介して体中の各種臓器に血液が送られる。このように、人に近い複雑な身体を持っているにもかかわらず、その再性能力は抜群に高い。たとえば、心臓の一部をハサミできりとっても、数ヶ月で元どおりになる。肝臓や膵臓などは、そのほとんどを切り取っても元どおりの新しい肝臓や膵臓がつくられる。もちろん、尾ひれ・背びれも、切り取られても元にもどる。ゼブラフィッシュはなぜこのように高い再性能力を持つのか、そのメカニズムが解明されれば、手術を必要としない再生医療も夢ではなくなるかもしれないのだ。
 また、2011年に米国テキサス大学サウスウエスタン医科大学のグループにより、人と同じ哺乳類であるマウスにおいても、生後数日に限り心臓の一部を切り取っても元どおり再生することが報告されている(Science 2011 February 25; 331: 1078-1080)。さらに、2008年には、米国ハーバード大学のグループは、マウスをつかった実験で、遺伝子治療により、インスリンを分泌できなくなった膵臓を元どおりにし、糖尿病治療に応用できる可能性を示唆する実験結果を発表した(Nature 2008 Oct 2; 455: 627-32)。
 海外では、このような、ゼブラフィッシュ、あるいは他の動物種が持つ自然再性能力の基礎研究、また、それらを利用した「内科的」再生医療を目指した基礎そして応用研究が、活発に行われている。しかし、残念なことに日本においては、あまりに「iPS細胞型再生医療」の研究開発が優遇されてしまっている。

筆者は、このような「内科的」再生医療を目指した基礎そして応用研究が軽んじられている現状を大変危惧している。将来的に健康大国になろうとしている日本は、もっと広い視野から国家戦略を立て直す必要があるのではないか。