2011年8月22日月曜日

2011年8月22日

「....をやってはいけない」「....は禁止」といった類の規則、決まりが多すぎ。

「....はこうしなければいけない」「....は必修」「....は全員やらないといけない」といった類のルール、決まりごとも多すぎ。

このような社会や組織で育ったり、教育を受けた若者は、「誰かからなにか言われないとなにもできない」「誰かから枠組みを与えて貰わないと不安になる」といった人間にしか育たないだろうなと思う。

最近は、僕にもこのようなことが多く強制されはじめてきた。

僕は、自分の信念をまげてまで、このような規則やルールに従う気はないので、無視することにしている。実際、いろいろ無視している。もしそれで、職場を離れなければならないのなら、それはそれで仕方が無いと思っている。自分の信念をまげてまでしがみつかなければならないほどのポジションではないと思っている。

ピース。

2011年8月21日日曜日

2011年8月21日

昨日は、広島学院の時の同級生と三宮で夕食を一緒にした。高校卒業以来はじめて会うので30年ぶりの再会。最初は、僕のほうが少し照れちゃって上手く話せなかったけど、時間が経つにつれて、30年前にタイムスリップ出来た。

改めて友達の有難さを実感しました。

2011年8月20日土曜日

2011年8月20日

日本ではロジックでバッサリきられることよりも、「ロジックでは説明できない神秘的なもの」がロジックで説明できるものより崇高だという考えが古代からある。日本の多くの科学者も、ロジックより、「自然の神秘を感じる」ことに重きをおく。

サイエンスはアリストテレス(あるいはもっと前)から現代にいたるまで、ロジックの学問なので、「ロジックでは説明できない自然の神秘を感じる」ことを崇拝する日本の文化は、残念ながらサイエンスには適さない。

サイエンスは最終的にロジックで説明できないと、駄目な学問である。それが不得意な日本人はサイエンスをやるのにかなりのハンデがある。

もちろん、日本人が西洋ではじまったサイエンスとは別の、「ロジックでは説明できない自然の神秘を感じる」というものを「日本的サイエンス」とよぶなら、それは日本人の得意とするところである。欧米の人達に「ロジックでは説明できない自然の神秘を感じる」ことはほぼ不可能である。

もし、日本が西洋ではじまったサイエンスを推進していきたいなら、子供たちにロジックを教えないといけない。現段階では、欧米の子供たちに比べて、日本の子供たちはロジックにかなり弱い。

もし、日本が西洋ではじまったサイエンスではなく、「ロジックでは説明できない自然の神秘を感じる」というものを「擬似サイエンス」といった学問として日本で成り立てることを目的としているなら、ロジックは邪魔になる。

この辺を、結構混同している日本人が多いように僕は思う。

2011年8月19日金曜日

2011年8月19日

最近、自分がどんどん年老いていっているように感じる。高校生や学部生さんたちと直接接する機会が多いからかな。。。。融通の聞かない言動をすぐに発してしまう傾向にある。これはやはり自分が爺になりつつある証拠かも。。。。

2011年8月18日木曜日

2011年8月18日

以前、ここにも書いたような記憶があるが、また書いておく。

僕は生まれてから小学校の高学年まで、ずっと、人見知りが尋常でないくらい激しく、親はとても心配したそうである。確かに、僕は小学生の頃、クラスの中で班変え、あるいは学年が変わる時にクラス変えがあった時などは、もう、どうしていいかわからなくなり、学校に行くのがいやでいやでたまらなかった覚えがある。

僕の両親は、僕のこの人見知りのひどさはとても心配したらしく、毎年夏休みとかは積極的にYMCAなどのキャンプに送ったり、新しい友達を頻繁に家によんで泊めたりしていたらしい。しかし、そのおかげで、僕は他人とつき合う術を少しは学んで、今はなんとか社会に適応出来ている。

しかし、今でも、人見知りは結構ある。これは、僕の大きな弱点であると思う。

2011年8月17日水曜日

2011年8月17日

僕は日本に来てこの2年間、色々と自分なりに新しい試みを始めて、いくつかは上手くいったと思っている。これも、まわりの方々に助けられてきたおかげだと思う。

しかし、去年の新しい試みは、すでに古いもので、次々と新しい戦略を考え、実行に移していかないと、あっという間に、古狸になってしまう。これは、経営の基本。

そこで、今、僕は、さらに新しいアイデアを練っている。ここでは未だ詳しく書けないが、これまでの日本の(また世界中の)大学の教育・研究システムとはかなりかけ離れたシステムをつくり、将来、世界で活躍できるエリート集団をつくるというもの。同時に、この新しいシステムにより、我々が現在直面している研究環境の閉塞性をぶち壊すという試みである。

上手くいくかどうかわからないが、プランを練っている段階。このプラン、日本で実現させたいが、もし、日本で実現不可能なら、海外のどこかで実現させようと思っている。

2011年8月13日土曜日

2011年8月13日

自分でいうのもなんだが、僕は勉強が大好きである。したがって、勉強できないと、それがとてもストレスになる。

勉強が苦だと思ったことは、生まれてこのかた一度もない。今でも、基本的には午前中の数時間は自分の勉強時間であり、よほどのことが無い限り、予定を入れないようにラボのAdministrative managerの方に頼んである。

朝、きちんと5時くらいに起きて(週末も)、運動し、シャワーを浴びて、しっかりと栄養のバランスを考えた朝食をとり、数時間ほど勉強をする。これができると、僕はとても幸せな気持ちになり、午後からの時間を過ごすのも意欲的になれる。

この朝の勉強時間には、その時々で色々な勉強をしている。大きく分けて二種類の勉強をする。ひとつはとても古い歴史的な論文をしっかり読む。もうひとつは教科書の勉強。

現在は1900年前後にPublish されたCell Biology分野の幾つかの論文をしっかり読んでいる。教科書の方は、Statistical Mechanics とThermodynamics の教科書を勉強している。

余談だが、今、暇な時にA. Frova & M. Marenzanaの「Thus Spoke Galileo」を読んでいる。とてもよく書かれた本で、とてもためになる。学生さんたちには是非読んで貰いたい。