2013年10月17日木曜日

2013年10月17日

理系大学院でよくあるRA (Research Assistant)は、文字通り、研究プロジェクトの一端をにない、プロジェクト目標達成に貢献することで支給される「給料」です。なので、「仕事」に対して支払われる「給料」です。


小遣いや奨学金ではないので、RAをもらっている大学院生は、それに見合う仕事を責任もってしっかりやるように。

2013年10月16日水曜日

2013年10月16日

何年かかってでも博士号を「自分の責任で」絶対にとってやるという覚悟のないまま、一時の気まぐれや、就活に失敗したから、なにをやりたいかわからないからとりあえず大学院にいってみよう、といった気持で大学院にくる学生。

社会のルールが身に付いてない大学院生。

うまくいっているときは調子がいいけど、ドン底に落ちたときにはそこから這い上がる術を身につけていない、身につけようとしない大学院生。

研究プロジェクトを担うということの責任の重さを理解していない大学院生(電車を運転するということは、多くの乗客の命を背負っているという自覚のない運転手みたいなもの)。

こういった大学院生を易々と入学させてしまい、このような自覚や責任の無さを容認するような学生の扱いをする大学院。


2013年10月15日火曜日

2013年10月15日

米国だと、研究室は現実社会とつながっているし、社会人(PI、ポスドク、秘書、その他のスタッフ)が働いている場なので、「社会のルール」で研究室は運営されている。

僕が、それを日本でやると、まわりは「ここは学校だし。学生だし。」ということをいう。こういうことをしているから、学生は「社会のルール」がわからないまま、社会に出ていってしまうんだろう。


子供に、「社会のルール」を学ばせない教育が存在できるところが、今の日本になってしまった大きな原因じゃないだろうか。家庭でも然り。

2013年10月14日月曜日

2013年10月14日

昨日、ある方から、アメリカではモンスターペアレンツのことをヘリコプターペアレンツと呼ぶと教わりました。どこの国にも、こういう親は結構いるんですね。

2013年10月13日日曜日

2013年10月13日

繰り返すようだけど、今の日本のいろんな問題の多くは「誰かになにかをやってもらって当然」「自分で自分のことに責任をもたないでひとのせいにする」というカルチャーなんじゃないかとつくづく思う。

景気がわるいのは政治家のせい。自分たちがなにかしようとしないでお上のせいにする。その政治家に投票したのは誰。投票したのか。

就職が決まらないのは景気の悪い世の中のせい。学校の就職活動支援が不十分なせい。自分はどんな会社からも欲しがれるよう人間を磨いたのか。

いじめがおこって子供が自殺したら、そのいじめを放置した学校(先生)のせい。では、自分たちは何をした。

学生も、学位を自己責任でとるのではなく、学位は取らせてもらえるもの。学位がとれないのは教える方の問題。

研究がうまくいかないとPIのせい。テーマのせい。そのラボを選んだのは誰。テーマが気に入らなければ、自分でもっとよいテーマを提案すればよい。そのテーマをやらせてもらえなければ、ラボを辞めてそのテーマをやらせてくれるラボにかわればよい。


もっといろいろあるけど、この辺でやめとこう。折角の連休週末だし。

2013年10月12日土曜日

2013年10月12日

欧米では、親から子(2025才の頃)への誕生日プレゼントとして時々あるのに「株」がある。親のもっている「株」のいくつかを子に譲与する。

この株を資本に、それを大きくするも小さくするも、子供自身の責任ということを親は子に告げる。

僕個人的には、これはよいことだと思う。

子供に、自己責任感を植え付けられると思うし、また、物事を長期的視野で考えストラテジーをたてるクセがつく(株は長期的視野無しには利益を得られない)。


つまり、「責任感」「長期的視野」といった大人に必要なスキルを身につけるきっかけとなる。また、これにより、子は大人への第一歩を踏み出したと、親から「認められる」。

2013年10月11日金曜日

2013年10月11日

大学院は研究を通して学び自分を高めるところ。それが本分。就職するための就職予備校ではない。就活がメインでその合間に研究するんではない。研究を必死にやって、それでも時間あればそういった合間に就活するのは個人の自由。


とはいっても、今の日本の風潮だと僕のこのいい分は通らないでしょうね。まあ、就活が目的でその合間に研究するような学生は佐藤ラボ以外のラボに行けばよい訳だけど。