2014年5月5日月曜日

201455

人が、だんだん年をとってくるにしたがって、世間(一般的な意味)から、少しずつずれが生じてきて、それがいつの間にか大きくなり、修復不可能になって、ある時、世間から見捨てるしかないとの決断を下され、ずっと手の届かないところに追いやられ(追いやり)、そのうち、誰も気づかないうちに忘れ去られていて、最後には「思い出」という精神だけが世間で徘徊するというのを目の前にすると、「次は我が身」と、とても辛い。

2014年5月4日日曜日

201454

自然淘汰の無い社会は、進化しない?最近は、本来自然淘汰されて、子孫を残せない人間が、普通に生きて、子孫を残せる世の中になっている。自然淘汰がなくなると、その社会が何千年もかけてどのように変貌していくのかというのは、かなり興味深い点ではある。

2014年5月3日土曜日

201453

「何かがあることが重要な現象」と「何かが無いことが重要な現象」という2つの場合がバイオロジーにはある。この2つの現象が、進化の過程で生じてきたのだろうか(自然淘汰の結果残ったのだろうか)。

2014年5月2日金曜日

20145月2日

ある意味、やっと決着をつけることが出来ました。長いようで、短かった、、、いや、長過ぎたかな、、、。

2014年5月1日木曜日

201451
大学生や大学院生にもなって、自分が教育を受けるのは「権利」と勘違いしている学生達が居るが、大学・大学院は、義務教育ではないので、「権利ではない」。たとえ、授業料を払っていても、責任感をもって勉強しない学生や、学力の向上が無い学生は、退学させられる「べき」なので、そのような学生が権利を主張しても、大学や大学院から追い出されれば、権利もなにも無い(と言っても、日本の大学や大学院では、このような学生も、年限内に卒業させようと甘やかしているので、こういうことは先ず無いのだが)。

大学などの研究者も同様。研究は、研究者の権利だと勘違いしている者がいるが、それは違う。研究費は、国などから研究費として頂いて、研究させてもらっている。国からの研究費は、国民の税金。よって、大学の教員や研究者は、研究は「させて頂いている」という自覚と責任感をもって、研究をおこなうべき。