2014年10月21日火曜日

20141021日【2014103日朝日新聞Webronza論考】
以下、2014103日ウエブロンザに掲載された僕の論考です。すでに時効なので、朝日新聞に許可の上で全文コピーを公開します。


2014年も的中するか?!ノーベル医学生理学賞の大胆予想

 今年もいよいよノーベル賞発表の時期がやってきた。医学生理学賞は106日に発表される。昨年のちょうどこの時期に筆者は2013年ノーベル医学生理学賞を予想し、それが的中した。さて、今年はどうか。昨年に引き続き、大胆に予想してみる。
 ズバリ、今年のノーベル医学生理学賞は「遺伝学の分野」に与えられるであろう。近年、数多くの遺伝病の原因遺伝子が次々と発見され、個人の全遺伝子情報も短期間で比較的低コストで読み取れるようになった。また、個々人の遺伝子情報を把握することで、個々にとって最適な健康管理、疾患予防や治療を行う「パーソナライズド・メディスン(個別化医療)」という概念も提唱され、徐々に普及し始めた。薬局でキットを買って自分でできる遺伝子診断も登場している。さらに、それらに伴う倫理問題の議論や、その議論をふまえた適切な法整備も、各国で重要課題のひとつとして認識されつつある。
このような、遺伝情報の読み取り、そしてその遺伝子情報解析による「個別化医療」は、現在では、われわれの社会へ大きく貢献するに至っており、それに関連する様々なビジネスも立ち上がり始めている。したがって、このような「ゲノム産業」(ゲノムとは、遺伝情報全体を表す用語)を可能にした遺伝子情報解読技術の根本原理を、20世紀後半に提唱した2人に今年のノーベル医学生理学賞が授与されるであろうと筆者は予測する。
 これまで、遺伝学の分野は医学・生理学へ大きく貢献してきており、いくつかの遺伝学分野の発明・発見にノーベル医学生理学賞が与えられてきた。20世紀前半(1944年)に、Oswald Avery(オズウォルド・エイブリー)らにより細胞の核内にあるDNAという物質が遺伝子そのものであるという発見がなされた後、20世紀半ば(1953年)にJames Watson(ジェームス・ワトソン)とFrancis Crick(フランシス・クリック)が、DNAは二重らせん構造であると突き止め、遺伝情報がどのようにコードされ、それがどのように子孫へ受け継がれているかという原理を提唱した(2人は1962年にノーベル医学生理学賞を受賞)。それ以来、DNAの構成物質であり遺伝子情報を記述している塩基配列(つまり遺伝子情報のアルファベット)の読み取り方法が、Frederick Sanger(フレデリック・サンガー)と Walter Gilbert(ウォルター・ギルバート)により独立に発明され(2人は1980年にノーベル医学生理学賞を受賞)、現在では、次世代シーケンサー(塩基配列読み取り機)という機械により、高速で比較的安価にDNAの塩基配列を読み取ることが可能となっている。また、2000年には、Francis Collins(フランシス・コリンズ)の率いる米国国家プロジェクトチーム(その他数多くの財団も資金を寄付)、またCraig Venter(クレイグ・ベンター)率いる民間企業Celera(セレラ)がそれぞれ独立に、ヒトの全塩基配列(実際には約83%で、その後数年かかって残りの20%弱が完了された)の読み取りを完了し発表した(論文は2001年に発表された)。
 しかし、ヒトの全塩基配列が明らかになったとしても、その配列が何を表現していて、それらがどういう意味をもっているのか、またそれらの何処がどのように変化するとわれわれの生体機能へ影響が出るのか、といったことを「解読」するのは大変困難な作業であった。
「個別化医療」の実現には、革新的な「遺伝子情報解読技術」の開発が必須だ。この技術革新のもととなる原理を、20世紀後半に提唱したのが、David Botstein(デイビッド・ボッツティン) とEric Lander(エリック・ランダー)である。今年のノーベル医学生理学賞はこの2人に授与されるであろうと、筆者は予測する。
 David Botsteinらは、1980年にRestriction Fragment Length Polymorphism (略称:RFLP)という方法により、ヒトの全塩基配列上のどこにそれぞれの遺伝子情報があり(Genome Mapping:ゲノム・マッピングとよばれる)、それらのどれが遺伝病の原因遺伝子候補であるかを同定する原理そして方法論を提唱した。実際に、この原理に基づいた方法により、乳がん原因遺伝子のひとつであるBRCA1やハンチントン病の原因遺伝子をふくむ数々のヒト疾患原因遺伝子の同定が実現された。また、上記のヒトの全塩基配列の読み取りが完了した際に、その配列上の何処にどの遺伝子があるのかを決定する際にも利用された。さらに、David Botsteinは、もともと数学者であるEric Landerと共同で、その方法をさらに洗練し、もっと効率的に遺伝子情報の解読をする方法の開発に成功した。しかし、これらの方法は、疾患が「ひとつ」の原因遺伝子の異常でおこる場合には有効であったが、複数の遺伝子が原因である場合には応用出来なかった。
多くの現代病(心臓病や糖尿病)は複数の遺伝子が関与しているので、そこに応用できる方法が求められた。Eric Landerは、1987年に、このような複数の疾患原因遺伝子を、ヒト全遺伝子配列上にマッピングする方法の原理を提唱した。2人は、その後も数多くの画期的な遺伝子情報の解読方法の原理や方法論を見いだすことに成功している。
 これまで、David BotsteinEric Landerと共に、アメリカの権威ある医学賞のひとつであるAlbany Medical Center Prize in Medicine and Biomedical Researchを受賞している(ヒトの全塩基配列の読み取り国家プロジェクトの指揮者のFrancis Collinsを含めた3人が共同で受賞)。また、David Botsteinは約3億円という世界中の科学賞のなかでもっとも高額の受賞額を誇るBreakthrough Prize in Life Sciences2013年の受賞者でもある。
 David Botsteinは、去年までは、プリンストン大学の教授で同大学のLewis-Sigler Institute for Integrative Genomics(ルイス・シグラー統合ゲノム研究所)の所長であったが、去年の暮れに、プリンストン大学を辞めて、かのGoogle(グーグル)が20139月に設立した、「ヒトの長生き・若返り技術の開発」を目指したCalico (カリコゥ)というバイオテック会社のChief Scientific Officer(最高研究責任者)に就任している。余談だが、このCalicoというバイオテック会社のビジネスまたサイエンスのトップマネージメントはスーパースターの面々をそろえているので、もしかしすると「ヒトの長生き・若返り技術の開発」という野望が近い将来実現、普及するかもしれないと50才を過ぎた筆者は思っている(期待している?)。
 さて、今年の筆者の予想は、去年のように当たるだろうか。まもなく判定が下る。