2010年1月2日土曜日

2010年1月1日

25年ぶりの日本でのお正月。2009年は日本での何もかもが珍しく、色々観察させてもらった。2010年はそれらをいかして「何かを創っていかないと」と考えている。
色々な海外でのこと(文化、芸術、習慣、人、社会現象など)が最近自分の生活の一部として感じられ無くなった。日本にいるとこんなになって仕舞 うんだと自分に対する危機感を感じる。自分の生活の一部として感じないと真の感動や憤慨と言った感情が沸いてこない。こういった感情が出てこないと真の新 しいものは創れないと思う。
かといって、日本国内のことも、まだ自分の生活の一部として感じられない。早く感じられるようになりたいけど、こればかりは時間が解決してくれるものなので、じっくり辛抱強く待つしかない。
早いとこ、日本国内、海外のこと、すべてが自分の生活の一部として感じられるようになりたい。そうすれば、世界中のことに関してほんとうの意味 での感動、憤慨といった感情を持つことができるようになると思う。そうすれば、また生活感情に密着した新たなものを創造できるのではと僕は思っている。や はり、「生活=文化」かなと思う。これに根ざしたものでないと、人を感動させることは難しいと思う。芸術でも、サイエンスでも。

2009年12月25日金曜日

2009年12月24日


今日はクリスマスイブ。明日はクリスマス。日本では両日とも普通に仕事。まあ、キリスト教の国ではないから仕方ないけど。でも、アメリカに24年以上住んでいたので、どうもホリデーモード。仕事したくない。しかも、クリスマスシーズンなのに町はそんなにクリスマスモードでもない(ちょっとした飾り付けはあるけど。。。。)。New Yorkのクリスマスデコレーションがとっても懐かしい。やっぱり、12月はNew Yorkで休暇をとれば良かった。でも、日本でも12月終わりころ何かいい事あるかも。。。。

日本に帰って来てどうも毎日がダラダラと過ぎていき、けじめが無い。アメリカにいた時は、やる時は徹底してやるけど、やらない時は徹底してやらないというケジメがあった。でも、日本では何だか毎日、たいした事では無くても、何かしら毎日ある。週末も含めて。この風潮に呑まれ込まれないように、ケジメをきちんとつけた生活をもっと意識しないといけない。でないと、自分までもダラダラした人間になってしまう。僕は、結構ケジメのある生活を長年続けてきたと思っている。でも、ここ数ヶ月、日本のこのダラダラした雰囲気になんとなく呑み込まれるのではないかといった、かなりの危機感が忍び寄っているように感じる。

僕の2010年の目標:
もっと、徹底して遊ぶ。休むと決めたら、何が何でも徹底して休む。ヨーロッパ、オーストラリア、アジア(日本以外)にもっと頻繁に出かける。

2009年12月21日月曜日

2009年12月20日


今日は夏にNAISTで西大和高校の高校二年生が行った研究の成果発表会があった。僕は、すべての発表の後、バイオサイエンス研究科を代表して高校生、父兄、教員の方々に5分ほど講評を話した。その時の原稿をここに書いておく。

「講評というより、皆さんがこれから5年後、10年後、20年、40年後にも頭のどこかに残しておいて欲しいなと思うことを一つお話しさせて下さい。おそらく、多くの皆さんは「サイエンス=技術、モノづくり」と思われていると思うのですが、それは、サイエンスのほんの一部です。もうひとつは「サイエンス=芸術」の部分です。技術はおもしろいアイデア、道具、お金があれば生まれます。でも、芸術はそれらでは、生まれません。また、サイエンスにおいては新しい技術、新しいモノは「サイエンス=芸術」という部分なしには生まれません。「サイエンス=芸術」とはどういうことでしょうか?それは、今、我々の目には見えないモノを自分の創造力を駆使し想定し、それらが、この自然界をどのように動かしているかを論理的に説明し、この自然界の仕組みの新しい見方を明らかにするということです。絵描きや音楽家が、この世の中の様々な成り行きや感情を自分なりの解釈で、絵や音を通して表現するのと同じです。

具体的な例を一つあげます。皆さんiPS細胞というのを聞かれたと思います。これは、からだの様々な細胞を遺伝子操作することによって作った万能細胞のことです。iPS細胞は2006年に本校に以前おられた山中先生が成し遂げられました。これは、革新的技術の開発です。これは「サイエンス=技術、モノつくり」の部分です。しかし、からだの様々な細胞が万能細胞になりうるという概念を提唱したのはJohn Gurdon というイギリスの研究者で、これは今から50年以上前のことです。これが、「サイエンス=芸術」の部分です。この、概念なしに、iPS細胞の作成は無かったと言っても過言ではありません。

では、「サイエンス=芸術」の部分が将来できるように今から何をしたらいいでしょうか?沢山あるのですが、そのうちの二つを皆さんに伝えさせてください。一つ目は、サイエンスに限らず、できるだけ多くのことを、見て、聞いて、読んで、それらの様々なことがすべてどの様に繋がっているかを常に考えてください。もうひとつは、自分とは何かを探ってください。そのために一番良い方法は、自分とはまったく違う文化背景、言語環境に育った人たちとできるだけ多く関わってください。

皆さんに期待します。」

2009年12月18日金曜日

2009年12月17日

僕は「ダイナミック」な組織・人が好きだ。「ダイナミック」さは、大失敗と大成功の繰り返しなしにはありえない。と言うか、大失敗、大成功の繰り返しその物が「ダイナミック」の定義だ。数学、物理、統計学をしっかり勉強された方には分ると思う。

多くの人はいう。「今までうまくいっているものをあえてなぜ壊すのか?」「特にメリットがなくデメリットのほうが多い」「日本では無理」など安定思考型の意見。しかし、「ダイナミック」であるためには、一定の期間でものを壊して、新たなものを創っていく必要がある。物事を積み上げていくにも、どれだけ積み上げられるかは最初の基盤(基礎)の大きさで決まる。もうこれ以上積み上げられないものにもっと積み上げようとすると壊れる。だから、時にはうまくいっていると思われるものをいやでも壊す必要がある。そして、新たな基盤を創って積み上げていくしかない。それで、大失敗するかも知れない。でも、逆にデメリットとやる前は頭で考えていたことが、やってみると思いもしなかったメリットをもたらすこともある。これらが、「ダイナミック」なもの(こと)の面白さ。アメリカ合衆国大統領も三選禁止。平家物語もそう。「安定=衰退」です。

この様なことをいうと、理想論だ、精神論だ、現実を見ていない、日本でダイナミックさなんて無理、など様々な意見があることは耳にたこができるほど聞いた。そうかも知れない。しかし、理想論、精神論が働かなくなったもの(こと)はろくな道を辿らない。世界の歴史を見れば明らか。

日本では「ダイナミック」なもの(こと)など無理なのかも知れない。たぶん、多くの人たちがそう思っているのだろう。だから、日本が国としても「ダイナミック」ではないのかも知れない。僕は、それでもあえて「ダイナミック」さを追求するべきだと思う。そして、「ダイナミック」な組織、団体、個人が長い年月を経て少しずつ増えていく事が、日本の国全体としての「ダイナミック」さに繋がるのではないかと思う。

2009年12月17日木曜日

2009年12月16日


僕は10代~30代くらいまでは、海と温暖な気候が大好きだった。だから、カリフォルニアのLa Jolla と言う所(San Diegoの郊外)でポスドクをしていた時は最高の環境だった。ビーチタウンで一年中温暖な気候で、一年中T シャツに半ズボンとサンダルですごせた。サーフィンもやった。でも、40才になったくらいから、突然、海より山、温暖な気候より肌が少し引き締まるくらいの涼しい気候、が好きになった。だから今は山に上ったり、自転車で山岳地帯を5~6時間走り回ったり、山の中のTrailを二時間くらい走ると、最高の気分になる。山の匂いと山の音が大好きだ。匂いも音も季節でかわる。できれば、大きな木々に囲まれた山の中で、湖が近くにあるような別荘を持ちたい。そんなところで、朝はTrail Run、自転車に乗って、そのあとゆっくり野菜・果物が沢山でちょっとの魚か肉の食事をとり、午後は沢山の本を読んだり、書き物をして、夜はクラシック音楽かクラシックロックを聞きながら、ワインを飲み、チーズをつまみながら、Vincent Van Goghの絵画を見ながら、Van Goghの私的歴史の勉強ができたら、もうたまらなく最高。

2009年12月16日水曜日

2009年12月15日

ちょっとここ数日ドキドキ、ワクワクしてる。この歳になって、ドキドキ、ワクワクは無いでしょと言われそうだけど、こればっかりはどうしょうもない。でも、思いかえせば、10代、20代の頃はしょっちゅうドキドキ、ワクワクしてたように思う。それがなぜか、歳をとる度にその頻度が少なくなってきて、逆にキリキリ、カリカリする頻度が30代から増えてきてたように思う。でも、今、40半ばになって(日本に帰ってきて)、キリキリ、カリカリはほとんど無くなった。逆に、ドキドキ、ワクワクが少しづつ増えてきた。でも、ここ数日は何故か、異常にドキドキ、ワクワクしてる。なんとなく、なぜだか自分では分る。そして、このドキドキ、ワクワクが、たまらなく楽しい。

皆さん、ドキドキ、ワクワクしてますか!

2009年12月13日日曜日

2009年12月12日


今、マニラ国際空港でご飯を食べながら、これを書いている。木曜(10日)から休暇をとってフィリピン(マニラ)に今日まで三日間滞在した。先ず、ヒト、車、モーターバイクの多さにびっくり。また、交通渋滞はクレージー。道路に信号がかなり少ない。そのせいか、道路は車であふれていて、渋滞が永遠に続く。話によると、マニラには900万人以上のひとが住んでいるらしい(これは、Registerしている人口だから、実際には1000万人をかるく超えているらしい)。貧富の差は一目瞭然。すごい豪邸もあれば、トタン板張り(というか板があればまだ良い方?)の家のようなものが並ぶスラム街も至る所にある。

でも、フィリピンの人々は心のとても暖かい人々がほんとに多い。僕は結構昔からフィリピン映画が好きだった。フィリピン映画の多くはハッピーエンドである。でも、そのハッピーエンドに至るまで、かなりの紆余曲折があり、とても苦しい出来事、とても悲しい出来事、とてもいやなこと等が半端で無いくらい次から次へと多くおこる。でも、最後は必ずハッピーエンドなのである。まだフィリピン映画を見たこと無い方は是非一度見て下さい。ほんとに心が温まります。

今回の旅行で、ひとの心の温かさを沢山吸収できた気がする。と、同時に自分はなんて心の冷たい人間なんだろうと思った。でも、フィリピンで出会った多くの人たちみたいに本当に心の温かい人間になりたいと思う。その為には何が今の自分に欠けているのかがすごくよく分った。この欠陥はかなりのものなので、そう簡単には埋められない。だけど、今から少しづつ埋めていかないと手遅れになる。今すぐ色んな行動に出ようと思う。

研究論文にも心温まる論文とそうでない論文がある。読んでて、それは明らか。研究テーマとか、研究の結果とか、研究の貢献度とかそういったものでは無く、その研究をしている研究者の世界観、人間性、研究に対する情熱みたいなものが色々と混じりあって、論文に出てくるのだと思う。今の僕には心温まる論文は書けないのは明らか。でも、いつかそんな論文が書けるようになりたい。