ところで、僕は二十世紀ナシが大好き。今、シーズンなので、毎日1~2個食べている。二十世紀ナシ万歳!!
2011年9月8日木曜日
2011年9月8日
最近は色々あり、ここに書きたいことが沢山ある。しかし、残念ながら、現段階では、そのほとんどがここには書けないことばかり。いくつかは、もうしばらくして状況が落ちつけば、ここに公開できるようになると思う。
2011年9月7日水曜日
2011年9月6日火曜日
2011年9月6日
先日、懇意にしていただいている先生が権威ある大きな賞を受賞され、そのお祝いの会に出席してきた。そこで、いろいろな方とお話しをする機会があり、あらためて思ったことがひとつある。
「大志を抱き、それを絶対に実現させてやるという知性ある熱意と覚悟」
これが大切だと再確認した。
2011年9月5日月曜日
2011年9月5日
先週の金曜日から土曜日にかけて北海道の小樽から45分ほど車でいったところにあるキロロリゾートに、あるSymposium でしゃべるために行ってきた。土曜日の帰りに時間があったので、数時間ほど小樽の町を散策する機会があった。台風の影響で少し雨が降っていたが、僕は小樽が大好きになった。
はっきりいって小樽は超寂れた町。でも、僕にとってはその寂れ方が胸にキュンときた。
小樽の歴史をタクシーの運転手さんに色々教えて貰った。小樽は、明治、大正、昭和初期にロシアや満州との貿易でとても栄えた町。木材などをロシアから輸入するため町に運河がつくられ、貿易の中心であった。そのおかげで、小樽には銀行などの金融機関がこぞって集まり、「北のウオール街」と呼ばれていたらしい。確かに、他の貿易、運河、金融の町である、マンハッタンやアムステルダムと雰囲気は似ている。また、小樽は、北との貿易の中心であったため、明治18年に(タクシーの運ちゃんによると)日本で三番目に鉄道(小樽-札幌)が敷かれた都市でもある。
このような歴史なので、小樽の町には古い洋風の建物が沢山残っている。町を歩いていると、その辺を「ロシア人の亡霊たち」がウロウロ歩いている錯覚にとらわれる。
小樽は寿司も最高に美味しい。お昼ご飯を食べるため、タクシーの運ちゃんに教えてもらった、地元の人達しかいかない、隠れ家的寿司屋に行った。おまかせで、たらふく食べて5000円はメチャ最高。しかも、今まで食べたことのないネタが満載。「タコの卵」は最高に美味しかった。とても甘く、口のなかでとろける感じ。「吉善」というお店です。
来年の夏も北海道で避暑をするつもりなので、小樽まで何回か足をのばしてみようと思う。札幌から小樽まではエアポート快速電車で約40分なので、気軽に行けると思う。
小樽市民には失礼だが、是非、小樽はこのまま、「ノスタルジックに寂れた町」のままでいて欲しい。「ロシア人の亡霊たち」にこのまま、小樽の町をウロウロとうろついていてもらうためにも。。。。
2011年9月3日土曜日
2011年9月3日
この夏、北海道に何回か行ってスープカレーにはまってしまった。
なんといっても、スープの種類、中にいれる具などを好きなように選べるのが最高。スープ自体はかなり油っぽいが、野菜はかなり豪快に丸ごと沢山入っているし、タンパク質源(肉や魚など)好きなものが好きなだけ入れられるのがいい。朝に沢山運動して、昼ご飯とかに食べると最高に上手いし、お腹いっぱいになる。沢山運動した後なので、罪悪感も皆無。
北海道に以前住んでいた友人に教えてもらった、PICANTEというスープカレー屋さんは特にお勧め。札幌市内にいくつかある。
まだ、試したことない方は、是非トライすべし。
2011年9月2日金曜日
2011年9月2日
多くの日本人は、他人(特にまわりの人達)が何を考えているかが分らないと、とても不安になるらしい。他人が何を考えているかが分ると、とても安心するらしい。
例えば、職場で、同僚や上司が何を考えているか読めないと、なにも言わない、自分の意見を言わない。しかし、同僚や上司が何を考えているか分ると、それにあわせて発言する。
同僚や上司が何を考えているかを探るために、一緒に飲みにいったりする。これを定期的にやることによって、お互いの「平和」を保つ。
会議などでも、他人が何を考えているか分るまでは、誰も何も言わない。他人が何を考えているかが分っても、自分の意見というよりは、「(平)和」を保つための発言がほとんど。だから、僕なんかは、会議に出席しても、拍子抜けする場合がほとんど。
なんと言っていいやら。。。。。
2011年9月1日木曜日
2011年9月1日
小澤征爾がドクターストップで指揮者を降板したというニュースを読んだ。残念無念。
一方、指揮が出来なくなるまで指揮をすることが出来た、小澤さん、とても羨ましい。小澤さんは、心底から指揮が好きなのだと思う。
僕も、最後の最後まで研究をやっていきたいと思っている。しかし、日本では“強制的”な定年退職があるから無理かもしれない。やはり、海外に戻るしかないのかも。。。。。
これに関して、驚くことに多くの日本の教授の先生たちは、60~70才くらいになるとあっさり定年退職される方々が多い。それらの先生方に話しを聞くと、「もう教授はいい、やりたくない」といわれる方々が多い。僕にとってはビックリ。
僕の個人的な想像によると、日本の多くの大学教授の先生方は、若い頃から研究以外のことを長年やり続けて、60才過ぎくらいになると、「教授」という職業に疲れ果ててしまっているのかもしれない。
このような先生たちを若い子供たちがみて、サイエンスに興味をもつようになるはずがないと僕は思う。大学の若い教授から老齢の教授までが生き生きとサイエンスを楽しんでないと、子供たち、また若い学生たちが、サイエンティストを職業として選ぶはずがないと思う。
僕は身体が動かなくなるまで、「生き生き」とサイエンスを楽しみたいので、なんとかしてサイエンティストとしてずっと生き延びるつもり。
ピース。
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