2010年1月13日水曜日

2010年1月12日

この週末、京都大学の尊敬している教授の先生、奥様、先生の秘書さんと京都で食事をする機会があった。平安神宮近くの中華のお店。素晴らしく美 味しい料理だった。話も、凄く楽しかったし、ためになる話を沢山聞けた。あっという間に時間が過ぎた。もっと、もっと色々と話ができたらと思う。 夕食の待ち合わせの一時間以上前に京都に行って、平安神宮や、そのまわりにある美術館や図書館の建築物を見て回った。その建築の素晴らしさにか なり感動した。京都という場所の素晴らしさにも改めて感動した。そう考えると、関西は、大阪、京都、奈良、神戸と違う文化が集まっていて、何処にでも、結 構便利に電車で行ける。
これから、時間のある時に、少しずつ色んな所に出かけてみようと思う。特に、僕は美味しい料理や雰囲気の良いお店、建築様式、日本の歴史、芸 術、山(丘ではなく山)、に凄く興味があるので、それらを中心に、関西圏を開拓して、自分の「関西マップ」みたいなのができたら良いなと思う。

2010年1月9日土曜日

2010年1月8日

僕は大阪に住んで奈良県生駒市にあるNAISTに中央線で通っている。結構、このライフスタイルは気に入っている。電車にのっている時間は約 30分ほどで、仕事関係の本、論文を読んだり、PCで短い書き物をするのに丁度良い長さの時間。また、森之宮に住んでいるので、京都、神戸にも簡単にいけ る。 電車に乗っている人達の表情や仕草が日本とマンハッタンでは凄く違う。当たり前だけど。その幾つかをここに列挙して見ようと思う。
マンハッタンの地下鉄は次の到着駅とか、電車内でのアナウンスがすべてほんとのヒトの肉声。だから、その時どきで誰がアナウンスするかによっ て、男の人だったり、女の人だったり、妙に陽気な人だったり、超不機嫌な人だったり、ぼそぼそ声だったり、ほんとに色々で、凄く人間味がある。日本(大 阪)では、すべて録音された機械的なアナウンス。これは、日本で色んなところ(ホテル、会社など)に電話しても、電話に最初に出る受付の人の声や言いまわ しがすべて機械的で、録音の声かと、僕はいつも間違い、凄く不安になる。
日本(大阪)では、いい年したオッサン連中が、エッチな新聞や雑誌を堂々と電車の中で恥ずかしくも無く読んでいる。マンハッタンの地下鉄でこんな人たちはみたことない。そんなに、エッチに飢えてれば、公共の場所では無く、お金払ってこそこそと別のところでやって欲しい。
日本(大阪)の電車の中で、(特にオッサン連中)の汗や口臭の匂いがくさい。特に、朝からこのような匂い嗅がされると、吐きそうになる。マンハッタンの地下鉄もかなり異様な匂いがするけど、あれは汗や口臭では無いような気がする。
日本(大阪)の通勤時の電車の中にいる人たちの顔、目がほとんど死んでいる。そんなに、仕事にいくのがいやなのだろうか? しかも、みんなむっつりだんまり。マンハッタンの通勤電車のなかでは、結構色んな人たちが、べちゃべちゃ、ニコニコしゃべっている光景を見る。知らない人 でも、目が会えば、「How are you?」の一言くらいは言う。日本人は目をあわせようとしない。
日本(大阪)の電車のなかでは、席を譲る人の数が少ない。お歳より、身体の不自由な人がまん前に立っていても、平気で座っている人が多い。もち ろん、ちゃんと譲る人もいるけど、相対的に少ない。マンハッタンの地下鉄の中でも、もちろん、席を譲らない人もいるけど、日本(大阪)に比べると、断然譲 る人の方が多い。

2010年1月8日金曜日

2010年1月7日

昨日の続き。では、日本に海外から勉強・研究に来たいと思う環境を作るにはどうしたら良いだろう。やはり、日本でしか学べないとか、日本でしか 研究できないとか、そういうものがないと来ないと思う。僕の研究分野(生命科学)で、その様なものはあるのだろうか?正直いって無いと思う。日本で現在行 われている、生命科学の分野のほとんどが、米国、ヨーロッパ、中国でもできる。その様な状況では、もっとお金があって、世界中から優秀な学生・研究者が集 まってくる米国や、科学の長い歴史のあるヨーロッパ、膨大なお金とすばらしい設備のある中国に人は集まる。お金は無い、英語のしゃべれる研究者が少ない、 閉鎖的社会の日本にわざわざ海外からは学生・研究者は来る訳が無い。 やはり、日本でしか学べないような、何か日本のお家芸みたいな生命科学の分野を開拓する必要があると思う。かといって、他の科学の分野は分らないけど、生命科学の分野で日本でしかできない、学べない分野はそんなに無いと思う。
もうひとつの方法は、日本の文化背景でしかできないような、研究・教育のシステムを確立し、同じことを学ぶにも、米国、ヨーロッパ、中国よりも日本の方が学びやすい、研究しやすい、そういったシステム作りが必要だと思う。
僕は、この二つについてもっと突っ込んで考えてみようと思う。そこから得られる答えこそが、日本が生命科学の分野で、50年後も存続できるかどうかの瀬戸際である今、必要なことだと思う。

2010年1月7日木曜日

2010年1月6日

米国の凄いところは、色々な分野(サイエンス、ビジネス、エンターテインメント、芸術など)で、世界中からトップまたはトップを目指す人々が常 に集まることである。だから、流動性という意味では凄い国だと思う。だから、こんなに栄えて、色々な分野で世界のトップをいく事ができているのだと思う。 日本も今、東南アジアから多くの学生(学部生、大学院生)が勉強、研究をしに来ている。でも、(僕の個人的な意見だけど)もし、日本が今変わら ないと、もう20年~40年くらいでそういう東南アジアの優秀な学生たちは日本に来なくなると思う。前にも書いたけど、日本は本当に外国人にとって凄く住 みにくい不便な国。日本人でも、海外に人生の半分以上住んでた僕でさえも、そう思うくらいだから。。。。
それに、もう20年~40年くらいすれば、今のままの日本だと、東南アジアの優秀な学生さんたちも、わざわざ日本に留学する必要も無くなると思います。
ほんとに、日本は今なんとかしないと、ほんとにダメな国になると思う。こう考えると、僕は凄く怖くなる。お願いだから、日本の皆さん、この事を真剣に考えて、アクションにすぐ移してください。さも無ければ、手遅れで、どうしょうも無くなりますよ。
まあ、日本人だけで将来も日本国は大丈夫と思っているのなら別ですけど。。。。でも、ほんとにそう思います?よーく、考えてみて下さい。お願いです。

2010年1月6日水曜日

2010年1月5日

NAIST のいたる場所に「赤い羽根募金」箱が12月に置かれた。結局、募金総額は一万円弱だったそうである。この結果、僕には信じられなかった。NAISTの教職 員一人500円、学生一人100円募金しても軽く10万円は超えるはず。信じられない。僕自身は、募金実施期間中、毎日売店での買い物のおつりをすべて募 金箱にいれていた。 この世の中には色んな状況に置かれた人たちが沢山住んでいる。恵まれた人(金銭的、身体的、家庭環境的)はそうでない人たちに手をさしのべるの は当たり前だと僕は思っている。僕は、「恵み」というものは何かの犠牲の上にあるものだと思う。それが、自分本人の何かの犠牲だったり、他人の犠牲だった りする。今、恵まれている人たちだって、ちょっと間違えば、恵まれていない状況になっていたかも知れない。恵まれている人たちは「たまたま」恵まれている だけだと、僕は思う。自分が努力したり、才能があるから恵まれていると思っている人たちがいるが、勘違いしていると、僕は思う。いくら努力しても、いくら 才能があっても、恵まれない状況に陥った人たちはこの世の中に数えきれないほど沢山いる。逆に、努力しなくても、才能が無くても、たまたま運よく恵まれた 状況にある人たちも多くいる。
きちんと給料をもらっている人が一年に一回500円寄付することがそんなに大変なことだろうか?学生で給料もらってなくても一年に一回100円寄付することがそんなに苦痛だろうか?
信じられない世の中になったもんだと僕はとても悲しい気持ちになる。

2010年1月4日月曜日

2010年1月3日

この一週間はまったく運動をしなかった。体重は増えてないようだけど、筋肉が落ちて、そのぶん脂肪が増えたように思う。アメリカにいるときは、皮下 脂肪を7~9%位に抑えていたのに、日本に帰ってきて、運動量が激減すると、10~11%まで増えてしまった。この一週間、運動をしなかったら11.7% になった。明日からきちんと毎日運動しなければ。皮下脂肪が12%なんかになった、恥ずかしくてプールの一番早いレーンで泳げない。それだけは、避けなけ れば。。。
今年は日本にいる時間が長くなるので、日本人の典型的なボーとした平和な顔つきにならないようにしなければ。。。New York にいるときに、日本人の観光客の多くが、平和ボケした顔つきをしていると感じた。これは、日本人独特。他の国からの観光客にこれほど平和ボケした顔つきを した人を見たことがない。日本に帰ってくると、多くの日本人の顔が平和ボケ。これは大人も子供もそう。やっぱり、昔から言われている様に、日本社会は「幼 稚な社会」なのかも知れない。日本の歴史の中でこんなに長い間そうなのだから、「大人(Matureな)社会」になることは有り得ないのかも知れない。な る必要かあるかどうかも僕は分らない。「幼稚な社会」の利点って何だろう?この辺に関して僕はもっと深く考えてみようと思う。

2010年1月3日日曜日

2010年1月2日

今日は広島。今、新幹線で大阪を出たところ。広島までは約1時間30分くらい。大学の時も正月は広島に帰省しなかったので、正月に広島に行くの は約30年ぶり。別に何をする訳でも無い。ただ、両親に会って、一言「ありがとう」と言おうと思う。この一言を両親にきちんと言えるようになるのに、僕は 47年かかった。ほんとに自分が情けない。まだ、遅くないことを祈るばかりだ。
それにしても、2009年は終わりが、かなり激動だった。こんな12月になるとは思っていなかった。12月終わりには、ほんとうに色々あった。 僕は、これらをすべて受けいれる。僕は基本的に拘束されるのを非常に敏感に感じ、反発してしまうのだと思う。小さい頃からそう。だから、回りは非常に迷惑 だし、組織や人が、僕を飼いならそうとすることは、不可能だと思う。僕はきっと反発するし、反発しても無駄だと自分で分ると、組織やその人から逃げて行 く。
この47年間を振り返ると、僕の両親は、僕のこういった性格をすごく理解してくれていたと思う。ほんとにあり難いことだ。もし、両親が僕を無理 やり飼いならそうとしていたら、きっと僕はつぶれていたと思う。僕の親友たち、仕事仲間たち、今まで僕を指導してくれた先生方や先輩方、これらすべて人た ちは僕のこういった性格を理解して、うまく僕を育ててくれたのだと思う。結局、僕のこの性格(習性)に一番最後に気づいたのは、自分自身なんだと、今に なってやっと分った。これからは、これらの人達に僕が恩返しをする番だと思っている。
先ずは両親に「ありがとう」と一言。
(夜)
両親に伝えました。両親の答え「こちらこそ、育てられました。ありがとう。」やっぱり、親の方が数万倍えらかった。
(追伸)
両親によると、僕のことで一番心配したことは、「僕が子供のころから異常に人見知りをする子供だった」ということらしい。幼稚園、小学校の先生方もこれに関してはすごく心配されたらしい。