消費増税が科学技術力衰退の引き金となる可能性
6月26日の衆院本会議で消費増税法案が可決された。この法案によると2年後の2014年4月1日に税率が現行の5%から8%に、その翌年の2015年10月1日から10%に引き上げられる。この問題に関しては、さまざまな意見が各メディアで展開されているが、筆者は消費増税が日本の科学技術力の衰退の引き金となるかも知れないと危惧している。というより、大学で生命科学の研究・教育に携わる研究者として「消費増税がこのまま予定通り執行されると、日本のすでに衰えかけている科学技術力はあっという間に奈落の底へ落ちる」と確信している。以下に、この結論の根拠と筆者の提言する解決策を述べる。
われわれ研究者は日本政府また企業からの研究費で研究をおこなっている。研究には、実験用機材や試薬などを購入する必要がある。このとき消費税がかかる。したがって、消費税が上がって研究費の額が増えなければ、実験用機材や試薬などを今まで通りには購入出来なくなる。
研究のレベルを維持するには、研究予算を消費増税と同じ率で引き上げる必要がある。しかし、国の財政状況は厳しく、引き上げは不可能だろう。そもそも、国にお金が無いから消費税を引き上げるのである。また、日本国内の企業を見渡しても、自社の研究費を大幅に拡大できる経済・経営状況ではない。各予算をカットすることによる生き残りに必死である。
それでは、消費増税が執行された後も、研究レベルを下げないにはどうしたらよいか?
そもそも生命科学研究に必要な実験用機材・試薬が日本国内では高過ぎることが問題なのである。つまり、実験用機材・試薬をもっと安く購入できるようにすれば、消費税が上がっても今まで通りの研究ができるはずである。これを実現するために筆者から二つの提言をする。
- 生命科学の研究に必要な実験用機材・試薬の多くが米国からの輸入品である。そのため、これらを国内で購入するには、米国での購入額の2倍以上の金額がかかる(表1)。この問題を解決するためには、国内でこれらの実験用機材・試薬を製作・製造する会社を起業すればよい。国内には博士号を取得しながら、その学位・専門的知識・技術を活かせる就職口にありつけない人材が溢れている(いわゆる「オーバードクター問題」である)。これらの博士号取得者に是非このような会社を起業して頂きたい。かなり高い需要があると筆者はにらんでいる。
- もうひとつの提言は、実験用機材・試薬などの販売仲介業者を廃止することである。国内の研究室では、大半の輸入品を製造元から直接購入せず、仲介業者に購入を依頼する(いわゆる、「御用聞き」である)。仲介業者には購入のたびにいくらかの手数料が支払われる(もちろん、ものによっては仲介業者を介さず、製造元より直接購入できるものも稀に存在する)。したがって、仲介業者を廃止すれば、実験用機材・試薬などを現在より安く購入できる。問題は仲介業者を廃止すると多くの失業者が出ることだ。しかし、この問題に対する対策は無いわけではない。例えば、仲介業者勤務の方々は、製造元の会社あるいは上記の国内発の実験用機材・試薬などを作成・製造する会社で営業・販売を担当するという解決策はどうだろうか。仲介業者がなくなれば、作成・製造元での営業・販売担当の人員が現在より多く必要になると考えられる。
消費増税は多次元にわたる問題をはらんでいる。消費増税執行が決定されるのであれば、一般消費者への影響のみに限らず、科学技術問題もふくめた国としての存続・発展という大きな視点にたって、さまざまな政策の可能性を吟味していくべきではなかろうか。
製品名 | 米国製造元定価 | 国内での定価 |
細胞分裂マーカー | $367(29,360円) | 72,000円 |
抗体A | $367(29,360円) | 72,000円 |
抗体B | $340(27,200円) | 61,000円 |
PCRキットA | $141(11,280円) | 27,000円 |
アッセイキットB | $329(26,320円) | 59,000円 |
細胞培養液C | $279(22,320円) | 45,500円 |
表1.米国からの輸入実験用試薬の米国内定価と日本国内での定価の比較例($1=80円で換算)