国立大学法人の教員にもある「追い出し部屋」
「追い出し部屋」。会社から戦力外とされた社員に、まったく仕事を与えなかったり、本人の意に沿わない仕事をさせたりして、会社に残る気持ちをなくさせ、自主的に退職させようとするために、設置された部署のことをいう。国による、その実態調査が最近おこなわれており、違憲性を含めてさまざまな議論がなされている。
じつは、「追い出し部屋」は民間企業だけではなく、大学にも存在する。私自身、日本の国立大学に4年前に着任し、その実態を目のあたりにし、その陰湿性に大きなショックを受けた。そこで、筆者の知っている範囲で、国立大学における大学教員の「追い出し部屋」の実態とその問題点を論ずる。
日本の国立大学における「追い出し部屋」の問題の根本にあるのは、いまだに、教授−准教授(2007年以前は助教授と呼ばれていた)−助教というピラミッド型が存続し続けていることである。すなわち、准教授も、助教も、教授の教育・研究を「助ける」ことを職務としているため、教授が異動、あるいは定年退職した後は、宙ぶらりんの状態で大学に残る場合が多いのである。たとえ、新しい教授が着任しても、前任の教授が雇った准教授、助教は「追い出し部屋」配属のような扱いをうけ、できるだけ早く他へ転出してもらい、新任の教授が、自分の欲しい准教授、助教を雇用できるように計らわれる(国立大学の法人化以降、教員人事は大学レベルでおこなわれるため、教授が准教授、助教を雇用することは書類上ないのだが、実際には、教授が雇いたい准教授、助教を、大学が任命するといった形式がとられる場合が多い)。
2007年に学校教育法が改正されて、大学におけるピラミッド構造は解消されたはずだった。助教の職務について、改正学校教育法第92条の8項では「専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の知識及び能力を有する者であって、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する」と定めている。教授や准教授の研究、講義を補助する義務はなく、講義ができる専任教員としてカウントされているのである。
2007年より前は助手はもちろんのこと、助教授も「助教授は、教授の職務を助ける」と規定されていた。つまり、法律の定義上、助教授の職務は、研究への従事ではなく教授の補佐であった。しかし、2007年(平成19年)4月1日施行の「学校教育法の一部を改正する法律」によって、「准教授」という名称とその定義が定められ、「助教授」という職階は廃止された。現在の学校教育法92条7項では、「准教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の優れた知識、能力及び実績を有する者であって、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する」と定義されている。よって、教授を「助ける」職務ではない。
つまり、形式上は准教授、助教は、教授からは独立したポジションである。ところが、実際には、いまだに、准教授も助教も、教授の担当する教育、また教授が代表をつとめる研究プロジェクトの一部を担当する場合が多い。学生の教育にいたっては、いまだに准教授は学生の主指導教官になれない場合が多い。最近、独立型(テニュアトラックともいわれる場合がある)准教授というポジションができ、その場合は、教授とは完全に独立し、教育、研究を行う場合もある。しかし、助教の場合は、ほとんど教授の補助である。学生の研究指導も、教授から独立して行うことはほとんどないし、主指導教官にもなれない。
このような実情では、特に、助教は教授が異動、定年退職をした場合、教授不在となり、学生の研究指導も行うことができない。授業も教授の補佐としてやっていたので、教授不在となると授業を受け持つこともほとんどない。自分で外部研究費をとってきている場合は、その研究を行えるスペースを与えられ、そこで、細々と研究をすることになる。学生を指導する機会は極端に減る(または、皆無)。まさに、「追い出し部屋」である。
この状態を改善するには、教授−准教授−助教というピラミッド構造を完全撤廃し、それぞれ独立して、学生の教育、研究に従事するシステムをつくるしかない。教授、准教授、助教は、「教員間の上下関係」ではなく、「個々人のキャリアラダー(昇進のはしご)」として位置づけされるべきである。
それがなかなか実現しない理由の一つは、教授会の存在である。大学では、教授会が大きな権限をいまだに持っており、そこで様々なことが決定され、その決定を大学が承認するという形がとられている。教授会メンバーは教授(准教授が含まれる場合もある)で、助教は含まれていない。当然、教授は自分の既得権を守ろうとするため、自分たちの立場を脅かすようなことを決定しない。よって、助教(または准教授)は、いつまでたっても「教授の補佐」のままである。よって、この問題を解決するには、教授会の権限を無くすか、縮小する必要がある。
民間企業での「追い出し部屋」の実態を、現在、国が調査している。その結果に基づいて職場環境の改善を、国が先導して行うというのが目的である。しかし、そういっている国の機関の一つである、国立大学法人の教員にも、上述した「追い出し部屋」のような状況が蔓延している事実に目をつぶって、民間企業のみ対象にするのは理にかなっていない。いわゆる、「自分のことは棚にかげて」ということである。
筆者は、国にお願いしたい。即刻、国立大学法人における教員の「追い出し部屋」実態調査を開始し、その結果に従い、教員の職場環境改善につとめるよう、全国立大学法人に勧告を発令して頂きたい。