2010年6月30日水曜日

2010年6月29日

もうすぐ参院選。僕は、日本に帰って来てはじめての選挙。僕は、この選挙を非常に真剣に受け止めていて、色々な候補者の情報を集めている。25 年前、僕が日本にいた頃に比べると、情報は集め易くなっているし、国民もかなり真剣に政治に関心をもっているように僕は思う。これは良い事だと思う。これ から、もっと情報を収集して考えないといけないけど、現時点では民主党の候補に投票するつもりは全くない。僕は、民主党が与党になる前から民主党の政策に は色々な面で反対だった。そして、与党になって、やっぱりという感じだ。かと言って、ベターな政党があるかと聞かれると、なかなか素直にドコドコの政 党のほうがベターといえる政党は今のところない。残念、無念だ。ということだから、もっと色々と正確な情報を自分で集めて、マスメディアやまわりの“お祭 り”に惑わされたりしないで、しっかり自分の頭で考えて、どの候補に投票するかを決めようと思っている。

2010年6月29日火曜日

2010年6月28日

日本は梅雨の真っ只中。去年のこのごろはまだNew York と日本を行ったりきたりしていたので、6月のほとんどはNew Yorkだったので、日本の梅雨はほとんど経験せずにすんだ。だから、今年が24年ぶりにはじめて、日本の梅雨をもろに経験していることになる。はっきり いって、体調がいまいち良くない。まあ、数年日本にいれば慣れるのだとは思うけど。 梅雨に入って、先々週くらいから、身体の調子が本調子でない。研究に支障が出るほどではないけど、朝のトレーニングの調子がいまいち良くない。 からだが重く、血の巡りが良くないし、耳鼻科系の調子も良くない(ぼくは、結構耳鼻科系が弱い)。今週末は金曜日から軽井沢での医学系の研究会に参加する ので、少し涼しいところで元気が取り戻せたらと思う。朝の涼しい軽井沢で少し長めに山道を走ってこようと思う。

2010年6月27日日曜日

2010年6月26日

今日は少し話題を変えます。 僕の身近に何人か研究成果(研究レベル)は大したことないのに、なぜか研究費だけは沢山とって来るし、なんか訳の分らない賞だけはとって来る し、よく学会をオーガナイズして偉そうな顔をしている研究者の方々がいる。日本にもアメリカにもいる。僕の今一番身近にいる人は、研究成果が大したことな く、自分の目指す研究レベルに到達しないので、せめて研究費を沢山とって来て、賞を貰って、学会のオーガナイズをして、これらで自分の低い研究レベルをマ スクしようと必死。こんな可哀想な人がいる。このような研究者の方とは僕は出来るだけ関わりたくない。
逆に、研究成果も一流で、研究費もどんどんとって来る研究者の方も何人か僕の身近にいる。このような人は尊敬する。立派だと思う。
僕は、前者のような研究者にだけはなりたくない。だから、そのような方は出来るだけ適当にかわして、関わらないようにしている。やはり、研究の レベルの高さがそれ以外の全て(政治力、資金力、人力、教育力など)をDriveして行くような研究体制をつくって行かないとダメだと思う。
でも、教育一本というやり方もあってもいいと思う。アメリカで、教育に専念して、トップレベルのユニークな教育システムですばらしい若い学生た ちを沢山育てている教員をぼくは多く知っている。このような教員は教育のための研究を活発にやっている。僕は、このようなタイプの大学教員が日本には少な いように思う。僕自身は上述したように研究が教育をひっぱていく体制なので、このようなことは出来ない。 でも、このような教員が日本にもう少し多く出て きて欲しい。

2010年7月26日

昨日(25日、日曜日)にはNew York州のLake Placid というカナダに近いところの山の中の町でIronman Triathlon レースが行われた。Lake Placid という町は冬季オリンピックが二回開かれた町で、山と湖のきれいなところだ。僕はここで毎年開かれるIronman Triathlon レースに2005年から2008年まで毎年出場していた。レースコースは先ず3.8キロの水泳をMirror Lake という湖で泳ぎ、その後、アップダウンの激しい山の中のバイクコース(約190キロ)を自転車で走り、最後は42.2キロのフルマラソンである。バイクの コースは厳しい上りがいくつか連続であり、かなりの難関コースとして知られている。 2009年から日本に帰って来てしまい、このレースには帰国以来、出ていない。とても懐かしい。毎年、レースのある一週間はバケーションも兼ね て、Lake Placid のMirror Lake沿いにあるリゾートに泊まっていた。毎年、湖のまん前で湖が一望出来る部屋をとって、心気一転出来た。もちろんレース後の身体はボロボロになるの だけど、それがまた、気分転換になる。問題は凄くお金がかかることだ。このような部屋だと、一泊一部屋$500(約4万5千円)かかる。だいたい、レース 前後合計10日くらい泊まるので、合計$5,000(約45万円)宿泊費だけでかかることになる。Lake Placid まではマンハッタンから車で4時間くらいなので、毎年車(スバルのOutback)に自転車を積んでLake Placid にマンハッタンから行っていた。
まあ、一年に一回なので、45万円もOKだ (今の日本の大学での安月給だとかなり痛いけど。。。)。今はトレーニング不足なのでIronman レースには出れないが、またいつの日か出たいと思う。先ずは日本での研究を世界のトップにもっていってからだ。

2010年6月26日土曜日

2010年6月25日

(昨日の続き)
定年について色々と僕の思うことを書いたけど、実際に僕はどうしようと思っているかを、今思うところを書いてみる。
僕は、今47才なのでもし今のままの強制的定年が日本の大学で続くとすると、NAISTでは定年が今のところ65才なので、僕は後18年ある事 になる。正直いって、僕は研究は大好きだし、若い人達を育てることも続けていきたい。だから、自分が身体的に元気であった時に、65才で研究・教育から離 れることは出来ない。でも、僕は自分の性格からして、すでにあるシステムに自分をうまくあてはめていくということは、とても苦手だし、へたくそ。だから、 65才になった頃に、すでにあるシステムに自分をうまくあてはめて、なんとか研究・教育で生き延びていこうといった裏技はとても出来ないように思う。だか ら、自分が新しいシステムをなんとかつくって、そこで頑張るか、あるいは自分にあうシステムをなんとか誰かにつくって貰って、そこで研究・教育をやってい くということになると思う。別に、大学で無くてもいい。企業または民間の研究機関でもいい。というか、こういったことは、企業や民間のほうが融通がきくよ うな気がするし、国の機関よりもっとダイナミックなことが出来るような気がする。
今日のトレーニング:
午前6時30分
Run: (45:00) マンション~大阪城公園 LoopX2~マンション (Easy run)
筋トレ:(40:00)全身

2010年6月25日金曜日

2010年6月24日

昨日の続き。 しかし、前にも書いたように、日本の大学の先生方は雑用が多い (というか、僕からすると、どうも雑用を他人に任せるということが出来ないで、自分できちんと責任をもってやらないと気がすまない先生が多いように思う) ので、それこそ、60才を超えた頃には、普通の先生方はもうへとへとに疲れきっていて、定年するのが待ちきれないのかも知れない。
でも、そのような疲れきった先生方ばかりではなく、血の気の多い60才をゆうに超えた先生方も結構いらっしゃる。また、血の気は多く無くても、 サイエンスが楽しくてしょうがない60才をゆうに超えた先生方も結構いらっしゃる。このような先生方に定年を強制的に強いるのは酷だと思う。ラボを維持す るには研究費がないとしょうがない。でも、本人を強制的定年という制度で追放するのはどうかと思う。まあ、日本の大学(特に国立大学)は貧乏だから、経費 的にもギリギリのところでやっているので、難しいところも色々あるのだと思う。
まあ、僕的に考えると、どうしてもしょうが無ければ、研究の実績、実力があれば、海外の大学、研究所に移るということもありえなくはない。で も、僕のアメリカでの経験からすると、55才~60才を超えて、アメリカでポジションを得るには、結構Department Chair、Dean、DirectorとかいったAdministrativeなDutyが沢山あるようなポジションがほとんどになって来るので、日本 にそれまでずっといた先生方には(いくら世界でトップの研究をしていても)、このようなポジションをゲットするのはかなり難しいと思う。
(明日に続く)

2010年6月24日木曜日

2010年6月23日

今日は朝から雨でトレーニング無し。 さて昨日の続き。
日本の国立大学だと中々僕がいっているようなことは難しいと思う。やはり、大学がどんどん民間からの寄付を集めて来て大学を運営して行けるようにならなけ れば難しいと思う。でも、日本にはそんなに大金持ちで寄付精神にとんだ人を多くないし、海外のそのような人たちは日本の大学に寄付するわけないし。。。。 難しい。 もうひとつの問題は、60才を過ぎて来ると、それらの研究者の研究費申請がとおりにくいという事もある。これは、審査委員のほうが、研究者の年齢により、 後何年で定年といったことを審査のCriteriaに意識的でもないにしろ、如何してもその事実に影響されて審査してしまうという紛れもない事実があると いうためだと思う(違うかも知れないけど - ただ単なる僕の想像です。)。やはり、日本の大学において「年齢による強制的定年」というシステム、また「年齢」による差別を排除して行く事からはじめな いと行けないと思う。
(明日に続く)