2013年8月10日土曜日

2013年8月10日

以下、20121011日と12日に掲載された僕の朝日新聞Webronzaの論考です。すでに6ヶ月以上経っているので朝日から許可を得てここにコピーします。


ガードン博士は山中教授なしにはノーベル賞を受賞できなかったか?


 今年のノーベル医学生理学賞がケンブリッジ大学ガードン研究所のジョン・ガードン(John B. Gurdon)博士と京都大学の山中伸弥教授に決まった。「成熟し全能性を失った細胞が、全能性をもった未成熟の細胞へリプログラム(初期化)できることの発見」が授賞理由だ。発表直後のインタビューで、ガードン博士は「私は、山中博士に感謝している。山中博士の発見がなかったら、わたしの1962年の発見は日の目をみることはなかったであろう」とおっしゃっている。本当にそうであろうか?筆者の答えはノーである。筆者は逆に山中博士の受賞こそ、ガードン博士の発見なしにはありえなかったと断言できる。その理由を以下に説明する。

 先ず、ガードン博士の1962年に発表された発見(Journal of Embryology and Experimental Morphology 10:622-640,1962)と山中博士によるiPS細胞作成が発表された2006年(Cell 126:663-676, 2006)の間に何がおこったかを知る必要がある。この約半世紀という長い年月の間に、実はさまざまな紆余曲折のドラマがあったのである(表1参照)。

 卵が受精すると細胞分裂を始める。ある程度分裂が進んだ状態が「胚」だ。さらに分裂を繰り返して胎児ができあがっていく。細胞の核を取り出して、核を除いた未受精卵に入れるとどうなるか。これは20世紀前半の発生生物学の大きなテーマだった。
1952年、カエルの胚の核を取り出して移植すると、ちゃんとオタマジャクシができることが実験で確かめられた。しかし、分裂が進んだ状態の細胞の核では、うまくいかなかった。受精して間もない時期の細胞は、未成熟で、すべての組織の細胞になりうる全能性を持つ。しかし、いったん成熟すると細胞は全能性を失う。だから、成熟した細胞の核を、核を除いた未受精卵に入れても発生は進まないと考えられた。つまり、いったん成熟した細胞を未成熟の状態へ戻すのは不可能と考えられていたわけである。

1962年にガードン博士は、オタマジャクシの成熟した腸細胞の核を使って、核移植の方法で新たなオタマジャクシを誕生させることに成功した。成熟細胞が、全能性をもった状態へと戻りうる(リプログラミング:初期化とよばれる現象)ことが示されたのである。この方法で生まれたオタマジャクシは、もとの成熟細胞の遺伝情報をそのまま受け継いでいる。同じ遺伝情報を持つもの同士は「クローン」と呼ばれる。ガードン博士は、成熟細胞の核を使ったクローンカエルの作成に成功したのである。しかし、非常に細かい作業が必要な実験で、たまたま未成熟細胞が紛れ込んでいたために「成功」したのではないかなどと疑惑のまなざしを向ける人もいた。ガードン博士はその後も時間をかけて自分の実験結果は間違いがないことを確かめ、次々と論文発表した。
こうして、クローン動物の作成はカエルなら可能であると誰もが考えるようになったが、ヒトなどの哺乳類では不可能であろうと考えられていた。

 実際、1962年以降、多くの研究者がマウスなどの哺乳類を用いて、核移植の実験をおこなったが、すべて失敗に終わっていた。ところが、1977年に、カール・イルメンゼー(Karl Illmensee)というスイスの研究者が米国の研究者との共同で、核移植でマウスのクローン作成に成功したと発表した(PNAS 74:5657-5661, 1977)。その後も、イルメンゼー博士は同様の研究結果を次々と発表し世界中を驚かせた(当時、日本で高校生であった筆者も、この騒ぎは鮮明に覚えている)。ところが、その後、イルメンゼー博士の実験結果に不正があるという内部告発があり、詳細な調査の結果、ねつ造と断定はできないが、信用性に重大な疑問があると結論づけられた。このため、博士に出ていた研究費は打ち切られ、学者生命が絶たれることになった。クローンマウスについても、ほかの研究者が実験しても再現できなかったため、ウソもしくは間違いと見なされるようになった。

 これら一連のイルメンゼー事件の結果、成熟細胞の初期化によるクローン動物の作成はカエルでは可能でも、哺乳類では不可能であろうという説が定着してしまった。

 ジョン・ガードン博士は、1962年にカエルの成熟細胞の初期化(リプログラミング)に成功し、クローンカエルを誕生させた。その後、哺乳類でもできないかと実験が繰り返されたが、「できた」と主張するカール・イルメンゼー博士の信用性に疑いがかかり、「哺乳類では不可能」というのが定説となってしまった。

突破口は思いがけない方向からやってきた。米国シアトルにあるフレッドハッチンソン癌研究所(Fred Hutchinson Cancer Research Center)のハロルド・ワイントローブ(Harold Weintraub)博士の研究グループが、大人の皮膚やさまざまな組織の細胞の核にMyoD(マイオ・ディーとよぶ)という筋肉の細胞の核内に存在するたんぱく質を入れると、全ての細胞が筋肉の細胞になるという発見を1986年に発表した(Cell 47:649-656, 1986)。つまり、たったひとつの筋肉由来のたんぱく質を放り込みさえすれば、さまざまな細胞をすべて筋肉細胞に変えることができるわけである。この発見は当時、世界中の研究者を驚愕させた。これを契機に、全能性を失った成熟細胞を初期化、あるいは他の細胞種へと変換(現在この現象はダイレクトリプログラミングとよばれている)させる研究が再度ブームをむかえた。
しかし、多くの研究者が「ひとつのたんぱく質で」ということにこだわりすぎていたため、ほとんど全ての研究は失敗に終わり、この研究ブームも徐々に下火になった。.ワイントローブ博士はMyoDの発見から9年後の1995年3月28日に49歳という若さで脳腫瘍のため他界された。

 そして96年、スコットランドのイアン・ウィルムット(Ian Wilmut)博士が改良に改良を重ねた新たな核移植方法により成熟細胞の初期化に成功、クローン羊「ドリー」を誕生させた(Nature 380:64-66, 1996)。その後、類似の方法でさまざまな哺乳類がクローン化された。核移植によるマウスのクローンはハワイ大学の日本人研究グループがやり遂げた(Nature 394:369-374, 1998)。こうして、技術改良を重ねれば、カエルだけでなく、哺乳動物も核移植によるクローン動物の作成は可能であるということが明らかになった。

 90年代後半には、1)全能性を失った組織由来の細胞も核移植により初期化は可能;2)細胞の筋肉細胞への変換は「ひとつのたんぱく質(MyoDなど)」で可能であるが、細胞の初期化を含む筋肉以外の細胞種への変換に関しては不可能、という2つのことが明確になった。そこで、山中さんは、これらの状況を柔軟に考え、「ひとつのたんぱく質」でだめなら、いくつかのたんぱく質を組み合わせて全能性を失った組織由来の細胞の核内に入れれば初期化できるのではないかと考えた。その結果、4つのたんぱく質を入れることで初期化され、全能性をもったiPS細胞の作成に成功した。

 これらの歴史的背景からもわかるように、1962年のガードン博士による研究成果とその後一連の研究結果により、山中さんが研究を始める前にすでに、全能性を失った細胞の初期化は可能であるとわかっていた。山中さんの業績の意義は、核移植無しで初期化を可能にする、驚くほどシンプルな条件をみつけたことにある。
筆者は、ガードン博士は山中さんの研究がなくともいつかはノーベル賞を受賞されていたと確信する。もちろん、山中さんによるiPS細胞作成により、ガードン博士のノーベル賞受賞が後押しされたことは事実である。

 逆に、山中さんはガードン博士の研究なしにでもノーベル賞を受賞されておられたであろうか?この問いに対する答えは簡単である。そもそも、ガードン博士の発見がなければ、細胞自体が初期化できる可能性があるかどうかすら解らない訳であるから、山中さんの研究自体が存在していなかったであろうことは容易に想像できる。よって、答えは自明である。


 ノーベル賞発表直後のインタビューでのガードン博士の発言は、イギリス人特有のブリティッシュユーモア(British humour)であったのだと思う。相変わらず、イギリス人は粋(いき)です。