2021年2月11日木曜日

 2021211日【ゲリラ的人生】

最近は、海外の投資家と頻繁に話をしてて(オンライン会議のメリット)、日本の投資家と目線というかロジックの組み立て方が全く違うことを実感。

 

まぁ、これは昔から感じていたことだけど、なんかここ数年で、この違いがさらに拡大した気がする。

 

困ったことに、日本の研究費を出すエージェンシーや、研究を評価するアカデミアの研究者が、これまた国内の投資家と同じような目線で同じようなロジックを展開する。

 

いつからこうなってしまったのか。具体例をここに書くことは控えるけど、これはかなり問題。

 

2009年に日本に来た時はある程度覚悟はしていたものの、ここまでになってしまうとは正直想像だにしていなかった。

 

まぁ、僕の人生は、何事にもゲリラ的なので、そう簡単にはこのような周りに引きづられることはないとは思っているけど、油断大敵かなとは思う。

 

より感覚を研ぎ澄ましてゲリラ的人生を全うする。「コンタクト」という映画を思い出しました。

2021年2月1日月曜日

 202122日【僕の役目】

僕が、物心ついた時にはすでに自分はサイエンティストになると思っていた。小学生の時から、自宅で研究して、両親や弟や親戚の叔母さんに、その研究の結果を見せて説明するのが楽しみで仕方なかった。そして、それを見せると両親も弟も叔母さんも、「へぇ〜」と驚いてた。その驚きを見るのが嬉しくて仕方なかった。そして、もっと研究して、両親も弟も叔母さんも見たことない考えたこともないものやことを僕が見せてあげる、そして、それを見て驚いてくれる、これが嬉しくて仕方なかった。

 

僕らサイエンティストが全身全霊を込めて研究することで、世界中の誰も知らない見たことのない景色を見つけて(発見して)、それを世界中の人たちに見せてあげることで、世界中の人たちが想像すらしていなかった全く新しい世界・景色を見ること・感じる・体験ができる。

 

とてもシンプルなことだけど、それが、サイエンティスト冥利につきると僕は思っている。そして、それがサイエンティストという職業を選んだ者の役目だと思っている。

 

芸術家が、絵や音楽で、世界中の人たちに現実の世界では経験することのできない世界を感じ・浸れるに時空間を提供しているように。

 202121日【自家中毒】

先日、昔話をしていて、どうも僕は、かなり幼児の頃から、異常な知的好奇心を持っていて、その好奇心を満たすためには周りの大人たちも「異常」と感じるくらい妥協しない行動をしていたそうだ。

 

無数の逸話と異常行動話があるので、それらについては、別の機会にここに書く(書ける)時がきた時に書くこととするけど、確かに、思い出すとそうだった気がする。

 

今、58歳だけど、今でも知的好奇心は「異常」レベルであることは自覚している。そして、それを満たすためにかなり「異常な」行動をする(している)ことも自覚している。

 

ただ問題は、歳をとってくると、この異常なレベルの知的好奇心とそれを満たすための異常行動は、次から次へと蓄積し、膨張するので、大変なことになってしまう。そして、これらをギブアップすることへの恐怖心が常にあるので、これらは永遠に膨張し続け、精神的にも身体的にもとんでも無いことになる。

 

でも、ある意味、中毒症状のようなものなので、自分で止めることはできない。

 

因みに、僕は小学校の低学年の頃は、「自家中毒(原因は、班替えやクラス替えや新しい人と関わることからくる精神的緊張によるストレス)」で学校をよく休んでいた。その度に、クラスでは、「佐藤は理科中毒でお休み」と言われてた。