2014年12月5日金曜日

2014125日【体幹】

歳をとってくると、体幹の重要性を日々実感するようになる。もしかしたら、老いとは、体幹の虚弱から始まるんじゃないかと思うほどだ。体幹は、日常的に「正しく」意識するだけで、かなり弱るのを防ぐことができる。これから、老人の人口が激増するなか、「体幹ビジネス」は様々な可能性を秘めているんじゃないだろうか。投資分野として有望かも。

2014年12月4日木曜日

2014124日【異文化】

アメリカの都市部(ニューヨークとか)に住んでいると、日常に異文化に触れる、というか、異文化そのものが日常になっている。日本だと、そこまで異文化が日常になっていない。少なくとも、僕が住んでいる大阪では、そんな感じ。もちろん、数十年以上前に比べると、かなり日本にも異文化にふれる機会が増えてはいるが。日本の中でも、やはり東京がダントツに異文化にふれる機会が多い。

2014年12月3日水曜日

2014123日【同僚】

僕の研究関連の同僚の数を、アメリカと日本で比較すると、百倍近く(あるいはそれ以上)アメリカのほうが多い。アメリカでの研究生活25年に比べて、日本では6年弱だから仕方がないといえば仕方がないが、、、。

2014年12月2日火曜日

2014122日【粘土をこねるような研究】
何をやればよいかぼんやりとでもわかっている研究では、やればそれなりのデータも出る。なので、論文もポンポンでるし、研究成果もとてもキレイでわかりやすい。例えていうなら、すでに恐竜のジグソーパズルをはめていくとわかっていてパズルのひとつひとつのピースをはめていくようなもの。こういうのは、時間をかけてじっくり丁寧にやっていけばいつかは必ず完成する。

僕は、こういう研究をあまり面白いと感じない。もちろん、こういう研究をすれば、やればやるほどデータもでるし、論文もコンスタントに出るので、やっている本人は気持ちが良い。でも、僕は、こういうのにやりがいを感じない。


僕は、ジグソーパズルを完成していくような研究よりは、粘土をこねて自由自在に、いままでだれも見たことのない想像すらしたことのない形のものをつくっていくような研究のほうが好きだし、やりがいを感じる。

2014年12月1日月曜日

2014121日【せこい我々】
今の20代、30代の若い研究者たちを、いろいろと観察していてあることを思った。

我々、あるいはそれより上の世代の、すでにある程度の地位と名声を確立した者たちが、いくら研究者としての心構え、研究の厳しさ、研究倫理、などを力説したところで、若い研究者の人たちにとっては、それらは「どうでもよいこと」なのだと思う。

それは、若い人たちそれぞれが、よい論文を沢山出して、研究費をとってきて、ポジションを確保して、兎に角自分の研究者としての地位・名声を築き上げることで精一杯だし、それらが最優先課題であるからだと思う。つまり余裕がないのだ。

こうなってしまったのも、我々、また我々より上の世代が、とても「せこい」からではないだろうかと、最近思い始めた。上の世代がせこいと、下の世代は、余裕の無い小ちゃい人間に育ってしまう。


先ずは、もっと、我々が、余裕をもって大きく広く、若い世代を受け入れるところから始めるべきなんだと自戒の意味を含めて思う今日この頃。