2020年3月2日月曜日

202032日【JST ERATO佐藤プロジェクト】
201310月から始まった、ERATO佐藤ライブ予測制御プロジェクトも今月で終了。ERATOプロジェクトは1回こっきりで更新はない大型グラントなので、今月で本当に終わる。ただ、昨年2月から中谷財団から5年間の長期大型助成に採択頂いたので、その他の研究費や企業との共同研究費で、ERATO期間中に出てきた基礎研究の数多くの種は、これからもさらに発展させるきっかけはつかめた。といっても、これからは「人」を対象とした大規模研究・解析などが主研究になるので、大掛かりな研究フレームワークを構築しマネージすることが必要なので、さらに研究費が必須。

日本の場合、公的な大型研究費を取ると、なかなか研究に集中できなくなるというジレンマも存在するので(ERATOの場合は、例外的にそれがなかったので良かった)、できれば公的でないルートでの大型研究費を獲得する必要がある。

ということで、これからも今まで通り研究を継続するには色々大変そう。

といっても、ブレークスルーにつながる研究を継続し、成果を出すことが目的であって、研究費を獲得することはその手段である、ということからはブレないようにすることは非常に重要。これがブレると、研究費を取るための研究、みたいなことになってしまって、本末転倒。

ということで、久しぶりのパンダ録でした。

2020年1月16日木曜日

2020116日【自分】
「自分のことは自分が一番よくわかっている」って昔からよく使われるStatementですが、現実には、「自分のことは自分が一番わかっていない」と個人的には思っています。

2020年1月10日金曜日

2020年1月10日【論文発表】
我々の研究グループからの新しい論文が発表されました:
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(19)30536-X

2020年1月9日木曜日

202019日【King Gnu
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

新年早々ですが、僕はKing Gnuのビッグファンです。彼らの「美」に惹かれています。J-POPにしては非常に高度な音楽性と技術を持っているところにも惹かれています。

ただ、正直いうと、今でこそファンが多く人気抜群ですが、これはおそらく一時的で、きっと多くの一般的なファンは離れていくだろうと思います。

それは、彼らの美は非常に難解で、音楽性や技術が高度すぎて、普通の人たちは飽きてしまうだろうと思うからです。今は、物珍しさで人気急上昇ですが、長くはないでしょう。

まぁ、個人的には他人に人気のない方が落ち着くので、他人はどうでも良いのですが。

King Gnuの音楽を聞いて思ったことですが、何事も、高度すぎて美しすぎると、逆にその良さが難解で、一時的には注目を浴びても、一般の人たちは疲れて離れていく、ということです。

サイエンスもビジネスもそうだと思います。簡単でチャラい美が一般的には長く付き合ってもらえると思います。

僕の場合は、自分のプライドが高いので、美が究極的に高度でないと自分が許せないので、僕の専門のサイエンスでも、究極的な美を持っていない研究は恥ずかしくてやってられません。きっと、それが逆に僕の弱点なのだとは思いますが、それが自分なので仕方ありませんが。

2019年12月27日金曜日

20191227日【精神の宿るフォーム】
今年も残るは数日。年の瀬に相応しくないのですが書いておきます。

昔から言われているけど、やはり「偽り」の文化・社会なのだと10年住んで再確認した。何事も「形式・フォーム」が大事という文化・社会。

なにはともあれ、先ずは、そしてせめて形(箱)を学び、その形(箱)に色々と後で中身を詰めていく。こういう風に、子供の時から育てられ、学んできた人たち。

そう考えると、周りのいろんなことが説明できる。具体的にリストアップすると無限にあるし、ここでは不適切なのでここには書かない。

後で、中身をしっかり詰めるのは努力すればある程度は詰まるけど、ほとんどの場合、そして多くの人たちは、一流の形はあるけど、中身はショボイ。

そして、そういう人たちは無意識のうちに形(外見)に囚われて、中身を見抜く「感覚」を完全に失っている。さらに、失ってしまっていることすら理解できないというか、もう完全にその辺の神経回路がなくなっている。あるいは、ひどい場合は、外見が悪いと中身がいくら一流でも非難する。

やはり、子供の頃から、中身がしっかり詰まっているもの・こと・ヒトを見ながら接触しながら育たないと、真に精神の宿るフォームを身につけられないし、「偽りの形」を見抜けない。

2019年11月10日日曜日

20191111日【知識】
歳をとると当然のことながら知識や経験も若い頃より増えてくるので、若い頃は見えなかったことやものが歳をとると見えてくる。見えてくると考えるので、意見や感想も歳とともに増えてしまう。ただ、知識は厄介で、当然、間違った知識も吸収しているし、昔は正しいと思われていた知識も学問の進展と共に変化してくる。それで、生涯学習が重要なのだけど、言うは易しで、生涯学習はかなりの努力と自分を律しないとできない、続かない。プロの世界でも生涯学習・生涯前進は非常に困難。ただ、辞めてしまうと、過去の膨大な知識や経験といった遺産にのみ込まれてしまって、それらの感情との融合が始まる。そうすると、非常に厄介でいろんな複雑な現象が起こり始めて収拾が付かなくなる。要するに、歳をとるということはなかなか大変なのだけど、個人的にはこれらの現象をしっかりと学術的に捉えて、客観的な手法で研究するのもチャレンジングではあると思っている。

2019年10月3日木曜日

2019103日【ペットボトル】
もう10月になりました。そして、年齢のせいかいろんなことをシニカルにとらえる傾向が強くなっています。物事を斜めから見てしまうというか、、、。良くないですね。


とはいえ、やはり50年後に今の時代を振り返ると、おそらく「失われたスパン」として日本史に残ることは確実だと思っています。

「今をとりあえず楽しく生きる、将来への布石を考えず」というのが今の時代みたいです、、、。

その辺の川に浮いている「ペットボトル」。

川の流れ、雨や風や気温といったお天気の状態、川に生息しているいろんな生きる力を持った動植物や微生物。

ペットボトルの運命や行く末は、こういった周り次第。どこかの河岸、あるいは海に流されてどこかの海岸に打ち寄せられて、そこで鄙びて踏んづけられて潰されて変形したり破れて誰にも拾われないでそのまま放置されているペットボトル。

50年後には、おそらくこういったペットボトルのような人たちが山積みになっている国になっているでしょう。