2022年10月27日木曜日

2022年10月27日【数学や数理情報学が異分野を融合する】 #informatiX

 2022年10月27日【数学や数理情報学が異分野を融合する】 #informatiX

 

僕のEducationalなBackgroundはNeurobiologyだけど、PIになってからは血管形成や循環器系の発生や疾患の研究を20年くらい中心にやってきた。

 

2005年にコーネル大学医学研究科に移動してからは、数学や数理情報分野の概念や手法をゼロから自分で学んで(コーネル大学や他大学のその分野同僚に沢山教えてもらいながら)ラボの研究に少しずつ取り入れてきた。

 

2009年に日本にラボをオープンしてからは、それをさらに加速して、今は、かなり大々的にラボの研究にIntegrateしている。

 

僕が数学や数理情報学を研究にfull-integrationさせているmotivationは:

 

「数学や数理情報学が異分野を融合する」

 

数学や数理情報学は、医学、バイオ、物理、化学、工学、もっと言うなら芸術や音楽も、といった異分野を一つに繋いでくれる。

 

革新的な概念やテクノロジーは異分野の融合で生まれると思っているので、それを目指している僕の研究には、数学や数理情報学の概念や手法は必須。

 

そういう背景で、僕は”InformatiX”というKey Wordを2019年に提唱して中谷財団の長期大型プロジェクトに採択された。

 

“X” は、X次元というのが表向きの意味なのだけど、実は、mathematicsやinformaticsで、異分野を融合させて、これまで存在しなかった学問領域や概念やテクノロジーを創造する、つまり「Xを創造する」、というのが根幹の意味。

 

Baby-stepsだけど、この目指す姿が少しずつ形を成してきているかな、と思う。

 

2022年9月13日火曜日

2022年9月13日【基礎研究から臨床】 #基礎研究 #臨床 #理想系 #非理想系

 2022年9月13日【基礎研究から臨床】 #基礎研究 #臨床

 

僕は人間の身体機能や健康や病気を出口にした基礎の基礎の基礎の研究を(学生の頃を含めて)40年以上している。その中でイヤというほど分からさられたこと:

 

基礎研究でメカニズムが分かっているのに、病気には治せない場合が無数にある

 

ということ。

 

もっと踏み込むと、メカニズムの詳細が分かっていて、そのメカニズムに基づいた薬も存在し、臨床試験(治験)で安全性が確認され、効果も確認されていても、その病気が治せない場合が数多くある。

 

もちろん、治ることも数多くあるのだけど、同じ病気で同じ治療を受けても、治る場合もあれば治らない場合もある。

 

単に個人差だけでもない。

 

理由:

僕ら基礎の研究者は、システムをできるだけ綺麗にして理想的なシステムの中だけでストーリーを作る(つまり、メカニズムの説明をする)。

 

でも、実際(リアルワールド)には、そのような理想的なシステムはほとんど存在しない。個人差はもちろん、とても複雑な環境や生活様式の違い、患者さんの気分の違い、過去やその時の生活の違い、などなどが掛け算以上に影響してくる。そもそも、「環境」とか「生活様式」とか「気分」とか、具体的に「何?」ということすら、無数にあり、あやふやなことも数えきれないくらいある。

 

サイエンスで解明するには、定義ができないと解明できないのだけど、理想的で綺麗なシステム内でのみの定義しか現状できないので、理想系で解明されたことが、リアルワールドでは一挙にことごとく崩れてしまう。

 

個人的には、理想系ではなく、従来のサイエンスでは定義しにくい(できない)リアルワールドの系でも通用する科学的体系や科学的アプローチができないか、と日々苦悩している。

 

2022年9月7日水曜日

2022年9月7日【何のための発信?】 #何のための発信

 2022年9月7日【何のための発信?】 #何のための発信

 

SNS時代で発信は重要なのだけど、「何のための発信」かが重要。僕は、発信は相手ありきで、相手(聞き手、読み手、視聴者、など)に「理解してもらうため」だと認識している。なので、相手が理解できない発信は意味もないし、ある意味、「暴力」だと思っている。

 

だけど、SNS時代になって、「自己アピールのための発信」が多くなっていると感じている。相手に理解してもらうための自己アピールなら理解できるのだけど、どうも、自己が中心になっていて、相手が理解しようがしまいが関係なく、「自己主張」としてのアピールが多いと感じる。これはある意味「暴力」でもある。

 

僕はサイエンティストなので、発信の機会は沢山ある。論文、研究費申請、プレゼン、プレスリリース(PR)など。

 

§  論文は、読み手に理解してもらう、というスタンスで書く。

§  研究費申請書は、審査員に理解してもらうために書く。

§  プレゼンは聴衆に理解してもらうために発表する。

§  PRは研究の成果を研究とは無縁の一般市民の方々に理解してもらうために作成しリリースする。

 

これらをブレないようにしないと、単なる自己中の自己アピール(目立ちたがり)でしかない。

 

とても重要なことのはず。

2022年8月23日火曜日

2022年8月23日【科学と芸術、再現性】 #science #arts #reproducibility

 2022年8月23日【科学と芸術、再現性】 #science #arts #reproducibility

 

科学と芸術は類似していると言われることことが多い。しかし、科学が芸術と大きく異なる点は、科学には「再現性」「Reproducibility」が必須という点。

 

科学では、得られた結果が、誰が何回やっても同じ結果が得られる「再現性(Reproducibility)」が必須。これがないと、サイエンスではない。

 

芸術やスポーツだと、これは自分にしかできない、ことが崇拝され評価されるけど、サイエンスにおいては、自分しか出すことのできない結果は、完全NGでエセ科学。

 

サイエンスでは、自分のやったことを全てオープンにし、それを同じようにやれば同じ結果が得られてこそ、事実として認められる。

 

なので、この点を強調せず、安易に「科学と芸術(Science and Arts)」を唄う・唱える・称えるのはかなり危険だし止めるべし。

2022年8月21日日曜日

2022年8月21日【研究に専念】 #研究の時間

 2022年8月21日【研究に専念】 #研究の時間

 

日本の場合、大学教員とかの給料は大学から100%支給されている。大学は「教育機関」なので、大学から支給されている給料が100%なら、100%のエフォートは教育や大学の業務に費やすべし。研究といっても大学院生など学生指導による研究。

 

自分の好きな研究をしたければ、その分の自分の給料は自分で稼いでくるべき(例えば、外部研究費から)。

 

なのに、大学の業務(雑務)や教育に時間取られて研究できない、というのはお門違い。

 

研究に時間を費やしたいなら、その分の自分の給料は、自分で獲得した研究費から払うべき。

 

自分で「研究のために獲得した」お金で自分の研究の時間分の給料をカバーしてないのに、大学業務や教育で時間取られて研究する時間がない、というのは「わがまま」。

 

研究したければ、自分で「研究のためのお金」を稼いできて、それを自分の研究のための時間分の給料に充てるべき。

 

一昔前までは、日本の場合、自分(PI)の給料を外部研究費から出すことができなかったけど、現行の制度では、PIの給料は外部研究費から出せる。

 

また、大学ではなく研究所(例えば理研や各国研など)は、「研究」機関なので、研究のために給料が支給されるので、研究に専念したければ、そういう機関に所属するのもあり。

 

大学の任務は「教育と研究」なので、研究にも時間が割けるようにすべし、という反論もあるとは思うが、自分の給料の何%が教育で、何%が研究として支払われているかによる。もし、50%教育で、20%大学用務で、30%研究なら、当然研究は30%エフォートなので、それ以外の時間は教育や大学用務に費やしても文句は言うな、ということ。

 

要するに、自分の給料が何のためにどこから支払われているかで、自分のエフォートが何に使われるかが決まる、というシンプルなこと。

 

自分の路は自分で切り拓く。何事も他のせいにしない。子供の頃に教わった基本。

 

僕の場合、自分の給料は100%自分が獲得した外部ファンドから出しているので、100%研究に専念している。研究費足りなきゃ、文句言う前に自腹切る。

2022年8月20日土曜日

2022年8月20日【路】 #destiny #destinies

 2022年8月20日【路】 #destiny #destinies

 

あなたの路

僕の路

君の路

あいつの路

彼の道

彼女の路

彼方の路

後の路

前の路

 

きっと路

2022年8月9日火曜日

2022年8月9日【歴史・ゲノム】 #history #genome

 2022年8月9日【歴史・ゲノム】 #history #genome

 

歴史=ゲノム

History = Genome

 

つまり、歴史はゲノムと同じだなとつくづく思う。

 

これまでの歴史の上に今があるし、未来がある。人を含め生物は過去の情報を学習するので、現在も未来も過去から切り離すことはできない。

 

生物もゲノムがハードウエアで、そのゲノム情報を用いていろいろな生命活動が生まれる。そして、ゲノムは環境因子や生活習慣で修飾されたり、変異したりすることで、ハードウエアは変化する。

 

「歴史=ゲノム」です。

 

そういう観点からすると、歴史を読み解くのは、ゲノム情報を読み解くのと同じ。歴史を踏まえて現在・未来に起こることを予測するのは、ゲノム情報から起こり得る生命活動を予測したり、今後起こり得るゲノムの変異を予測したりするのに似ている。

 

歴史もサイエンス。