2012年9月16日日曜日

2012年9月16日

以下、今年1月28日に朝日新聞Webronza に掲載された僕の論考です。すでに、掲載から、ほぼ8ヶ月たったので時効ということで、朝日新聞から許可をいただいて、ここにコピーします。

「秋入学」は大学教育のTPPだ

東大が「秋入学」を本格的に検討しはじめた。グローバル化の進む世の中で世界一流大学としての生き残りを賭けた動きとのことである。筆者は「秋入学」という制度自体には賛成だが、このまま日本全体が「秋入学」へ移行すると、日本の大学は全て二流あるいはそれ以下になり下がるであろうと予想する。
向上心が高く、世界のトップを目指してがんばる学生たちは、現行の春入学だろうが秋入学になろうが、海外に出て行く。筆者は1985年3月に筑波大学卒業後、同年8月に米国にわたり、Ph.D.修得のためジョージタウン大学神経生物学専攻に9月入学した。したがって、学部卒業から大学院入学まで5ヶ月のブランクがあったわけだが、それを理由に米国の大学院への進学を躊躇することは全くなかった。東大の濱田純一総長自身も1月20日に行われた記者会見で「学事日程の国際的な調整ができたからといって、それだけで、海外に行く日本人学生、海外から来る留学生が、爆発的に増えるとは考えていない」と発言している。
一方、秋入学制度になると、海外の大学、大学院への進学・編入が「便利になる」ことは確実である。最近、日本の初等中等教育における英語教育が少しずつ見直され始めたおかげで、若い世代の英語力は向上している。この傾向も海外の学校への進学・編入への障壁を下げる後押しをするであろう。また、諸外国からの学生も「制度的には」日本の大学・大学院へ進学・編入しやすくなるであろう。
しかし、現在の日本の大学は、いくら好意的にみても、諸外国の一流大学と比べると格下である。これは、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション国際大学ランキング2011-2012で日本トップの東大が30位、これとは別のQS社の総合ランキング2011/2012においても東大は25位であるという点からしても否定できない事実である。
このような現状では、諸外国のエリート学生は、日本の大学が秋入学制度を取り入れたところで、日本の大学・大学院へは進学・編入しない。また、秋入学で制度的に便利になった分、ますます多くの優秀な日本人学生は、海外の大学・大学院へ進学・編入するであろう。
つまり、秋入学の導入は、日本の大学を国際自由競争の渦中に放り込むことになる。貿易でいうTPP(環太平洋経済連携協定)に加わるようなものだ。果たして、日本の大学には、諸外国の一流大学と競争できる下地はできているのだろうか?筆者の答えは「ノー」である。
では、どのような準備を日本の大学はするべきであろうか?先ずは、国際的に一流大学と認められるための必要条件のいくつかをここにリストアップする。
  • それぞれの学術分野において世界トップレベルの教育・研究者が高い割合で在籍する。
  • ほとんどの授業が英語で行われている(もちろん、日本文化、日本史、日本文学などは日本語で授業する)。
  • 大学の事務業務も英語でおこなわれている。
  • 世界中から集まる多様なバックグラウンドをもった学生たちが安心して、居心地の良い生活がおくれるインフラが整備されている。
  • 大学の経営管理が世界水準でおこなわれている(透明性、高水準の危機管理、高い専門性などがある)。
  • 強力な財政基盤と資金運用能力が存在する。

これらなしに秋入学を実施し、「大学教育のTPP」という大海に出航すると 、日本の大学全てが沈没してしまうだろう。
そこで、筆者は、秋入学を実施するなら、その前に国を挙げて早急に以下の改革を進めることを進言したい。

✓  海外の大学機関等で世界トップレベルの研究・教育をおこなっている外国人研究者を非常勤講師として積極的に雇用する。

✓  同様の日本人研究者には日本の大学におけるサテライトラボを提供する。

✓  新規大学教員の採用条件のひとつとして、海外の大学でテニュア(終身雇用権)をとっている、もしくは海外の大学での博士号修得を加える。
先ずは新規採用の10%くらいから始めて、5年~10年で30%がこの条件を満たすようにする。

✓  大学の事務担当者の新規採用条件として、TOEIC 800点、さらに海外の大学での事務業務のインターンシップ最低1年を義務付ける。

✓  専門家による大学の組織運営。
現在、日本の多くの大学においては、各種委員会を教授会メンバーが手分けして運営している。しかし、教員はそもそも教育・研究が本分であり、その委員会業務においては素人である。このような状況が、危機管理の行き届かない、非効率的な組織運営という現実を招いている。大学の透明性、高度の危機管理能力、業務の効率化・専門性を図るために、様々なレベルでの運営をそれぞれの専門家がおこなう態勢を築く必要がある。

✓  専門家を中心としたプロジェクトチームによる大学内あるいはその周辺の福利厚生施設の充実。
海外からの多様な文化背景をもった学生・教員たちが、安心し、楽しめる環境を整備する事業を開始する。

✓  専門家による、強力な財政基盤と、資金運用の効率化システムの構築。

日本の大学全てにおいてこれらを適用することは、現在の日本の国力また文化的背景を考えると無理がある。したがって、日本国内にこれらを優先的に進める大学を5~10大学ほど選定することになるだろう。当然、大学間における格差を助長することにもなるが、日本の大学全てが沈没するより、少数の大学だけでも国際的にトップレベルの大学として競争していけるよう国としてサポートする方がよいと筆者は考える。選定されなかった大学も、社会全体の底上げという観点からすると重要な役割を果たすことは言うまでもない。