2010年7月29日木曜日

2010年7月28日

僕はアメリカにいた時も、今日本にかえって来ても、引き続き各ジャーナルに投稿された研究論文のリビューアーをしている。よくリビューする ジャーナルはNature、Nature 姉妹誌 (Nature Cell Biologyなど)、Science、 Cell姉妹誌(特にDevelopmental Cell,  Molecular Cell)、 Journal of Cell Biology, Genes&Development, PNASなど。昔はCell もレビューしていたけど、最近は依頼が来ない。僕は基本的にMajor なReviseをすれば相当面白いストーリーになる場合はAccept with Major Revision にして、Reject にはしない。Reject にするのは二つの理由から。1つは、どんなにがんばって色々データーを増やしても、結局は普通のストーリ(英語ではよく”Pedestrian Science”という)で、 特にサイエンスがグッと前進するストーリではない論文。 もうひとつは、結果の解釈が間違っていたり、データーが信用ならないとか、そういった類の論文。僕の印象だと、驚くほど後者の理由でRejectになる論 文が多い。これらの論文を書く研究者は博士号をもっているにも関わらず、結果の解釈、データーの信頼性、結論の導き方、これらが非常に甘い。日本人の研究 者にもこれらがキチンと出来ない人が多い。僕の考えるところ、日本の大学院教育では、実験をデザインして、実験をおこない、データを出す、という部分が過 剰に強調されてしまって、出てきたデータの解釈、結果の考察、結論の導き方、といった部分の教育がなおざりにされてしまっている(他の分野のことはわから ないが、少なくとも僕が関わっている Life Scienceの分野ではそのように僕には見える)。この辺をキチンと大学院で教えないと、Acceptされる論文を作成出来ない研究者が増えて来て、ど うしょうもなくなってしまう。困ったもんだ。